「……なぁ、愛してるんだよ」
嘘ばっかり。こいつは私の事を愛してなんかいない。
私を攫うにあたっても、恵を襲ってスマホを手に入れて……と、女性を襲う卑怯な手段ばかり。
「安心して。あんたの事はもう一生好きにならないから」
煽ったら駄目だと分かっていても、どうしても恵を襲った事だけは許せなかった。
反抗しても既知の仲だし、そう酷い事はされないのでは……という慢心があったと思う。
けれど――。
バンッ! と凄まじい衝撃があったかと思うと、私は椅子ごと真横にひっくり返っていた。
(いったぁ……!)
手を使えない状態で倒れたので、まともに体の右側面をぶつけてしまった上、いきなりだったので恐怖と驚きとでドキドキしている。
幸いだったのは、肩や腕を犠牲にしたので頭をぶつけずに済んだ事だ。
「お前、自分の置かれている状況が分かってるのかよ。今すぐひんむいて|輪姦《まわ》してもいいんだぞ」
昭人は私の前に立ちはだかり、つま先で顎を軽く蹴ってくる。
「う……っ、く……っ」
本当は「あんた達なんて尊さんがやっつけてくれるんだから!」と言い返したい。
けれど不意打ちで暴力を受けた私は心を折られかけ、歯を食いしばって泣かないようにするので精一杯だった。
叩かれたぐらいで泣いてしまいそうになる自分が、あまりに弱くて嫌だ。
私のせいで恵を危ない目に遭わせ、尊さんにも心配をかけた上、こんなところで昭人なんかに好き放題されている。
そんな自分が情けなくて堪らない。
大切な人に迷惑をかけてしまうなんて、最低だ。
――でも、こんな時だからこそ求めてしまう。
「……助けて……、尊さん……」
昭人は弱々しくうめいた私の前にしゃがみ、せせら笑う。
「そう簡単に助けがくるわけがないだろ。いい加減諦めろ。あんなクソ男」
その時――。
「助けてほしい時に現れるから、ヒーローなんじゃないか? 三下クン」
皮肉っぽい声がし、私はハッとして目を見開く。
後方を見たかったけれど、自由の利かない体では叶わない。
「……っ、お前……っ!」
立ちあがった昭人は〝彼〟に向かって敵意を放ち、「おいっ、お前らっ」と仲間たちに声を掛ける。
「朱里、怖い想いをさせてすまなかった。今助ける。すぐ終わるから、もう少しそのままでいてくれ」
聞きたくて堪らなかった声を聞き、私は堪えていたはずの涙をボロッと流した。
「~~~~っ、はいっ」
――この人がこう言ってくれるなら、信じられる。
――もう、これ以上一人で怖い想いをしなくていいんだ。
気が緩んだ私は、顔をクシャクシャにして泣き、彼が解放してくれる時を待った。
俺は『YOU』とスマホのマップアプリを連携した上で、ブルートゥースでカーナビにも連携し、朱里の居場所を目的地にして車を走らせ続けた。
スマホの一台はこちらの音声が聞こえないようにミュートにし、朱里の身に何が起こっているか音量を大きくして電話を聞き続けた。
いっぽうでもう一台のスマホでは涼から連絡を受けた警察のチームと電話を繋ぎ、自分が向かっている場所を伝えながら、朱里の電話を共有した。
幸いだったのは、目的地がそう離れた場所ではなく、都内某所にある雑居ビルだった事だ。
俺は犯人に気づかれないように少し離れた場所に車を停め、なるべく足音を立てないようにスニーカーを履いた足を忍ばせ、出入り口に近付いて行く。
手は警棒に添え、建物の中を窺う。
これから乱闘すると思うと、心底先に涼に連絡しておいて良かったと感じた。
警棒は銃刀法違反にならないが、持ち歩きについては軽犯罪法に触れる場合もある。
今回の場合、朱里を助けるためという明確な理由があるが、警察は「一般人は黙って110番して自分たちの助けを待て」と言うだろう。
だがそうもいかないからこうして武器を持って出かけたのだ。
相手も荒っぽい事をする以上、小型のナイフぐらいは持っていると想定している。
いくらなんでも素手対ナイフでは分が悪すぎるので、武装した上で涼が口利きした警官に見逃してもらう算段だ。
慎重に地下に続く階段を下りていくと、防音ドアの向こうから朱里の声がした。
コメント
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キタ━(゚∀゚)━!!! 尊さーーーん😭😭😭