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*** 氷室から「しばらく距離を置く」と言われてから、気づけば数日が立っていた。その間、本当に距離を置かれている。
教室で目が合うこともなければ、廊下ですれ違っても声をかけられない。連絡だって、必要最低限の短文だけ。氷室は本気で、俺を作戦の外に置いている状態を貫いた。
理由はわかっている。それは危険だから――そう言われれば、頷くしかない。でも、本当にそれだけなのか。俺が足を引っ張ると思われたからじゃないか。そんな考えが、ふとした瞬間に胸を締めつける。
(……本当に、このままでいいのかな)
昼休みも放課後も、やるべきことが見つからない。机に向かっても、ノートの文字は頭に入らない。なにもしないまま時間だけが刻々と過ぎて、氷室が今現在なにをしているのかもわからない。
彼が無茶をしていないか――そう考えると、胸の奥がじわじわと熱くなる。けれど連絡を入れたら、それこそ作戦の邪魔になるかもしれない。
結局、俺はなにもできずにスマホを握りしめるだけだった。
(やっぱり俺、またなにもしてない――)
そんな自分が、情けなくて仕方がなかった。氷室の隣に立つ資格が、どんどん遠のいていく気がして。
放課後の昇降口から見える窓の外では、今日も夕陽が傾いていく。オレンジ色の光は温かいはずなのに、今の俺にはただ、遠くて触れられない色に見えた。
薄暗い中、自宅まであと少しというそのとき、ポケットのスマホが震えた。画面に浮かんだ通知――それは知らない番号からのメッセージだった。
『……君は一人か?』
それを目にした瞬間、背筋がぞわっとした。その短い文字列のあと、数秒だけ入力中の「……」が表示された。次の言葉が来るのを待つだけで、背中を氷柱でなぞられるように冷える。
(誰が送ってきてるんだろう? なんで俺を知っている?)
氷室には言われている。「危険だから、距離を置け」と。けれど、危険のほうから俺に近づいてくるなら――。
握りしめたスマホが、手のひらで熱を帯びる。深呼吸を繰り返して落ち着きながら、見知らぬ番号から届いたメッセージを何度も見返す。『……君は一人か?』その短い文字列が、喉を締めつけるように重かった。
(……どうする。俺ひとりで……? いや、これは――氷室に知らせるべき問題になる)
迷っている時間はなかった。俺は震える指でスクリーンショットを撮り、そのまま氷室に送信した。すぐに既読がつく。ほんの数秒後、短い返信が届いた。
『奏、今どこにいる。動くな』
心臓の鼓動が早まる。距離を置かれているはずなのに、この一言には俺を守る意志が全部詰まっている気がした。俺は自宅近くの公園のベンチで、息を殺すようにして氷室を待つ。
――数分後。公園に現れた氷室。その姿を見た瞬間、張りつめていた心が一気にほどけた。
「……本当に来てくれた」
自分の声が、微かに震えているのがわかる。氷室は俺の隣に座ったので、無言でスマホを見せた。そこには、さっき送った番号の詳細が表示されている。
「追跡はまだだが、動きは抑えられる。奏、ひとりきりで抱え込むな」
その低い声に、胸の奥で張り詰めていたものが崩れ落ちた。不安も、孤独も、全部言葉にならずに溢れそうになる。
「……ごめん。俺、やっぱり……ひとりだと怖い」
気づけば、そう零してしまった。氷室は少し黙ってから、俺の肩にやんわりと手を置く。
「もう離さない。だが、それだけ危険が近いってことだ。覚悟しておけ」
真剣な瞳に射抜かれ、背筋に冷たいものが走る。けれど同時に、不思議と安心も広がった。
(やっと……また、隣に戻れた)
窓の外はもう暗く、街灯の光だけが差し込んでいた。その光の下で、俺と氷室は並んで次の手を考えはじめる。