テラーノベル
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街灯の下で氷室と久しぶりに並んで座り、胸の奥が熱くなる。ふたり揃ってその雰囲気を噛みしめるせいか、沈黙がしばし続いた。
だけど胸の奥で抑えきれない言葉が、ついに零れ落ちる。
「……蓮、もう俺を置いていかないでほしい」
自分でも驚くほど声が震えたことが、とても情けないとわかっている。それでも、言わずにはいられなかった。
氷室はすぐには答えず、じっと俺を見つめる。その視線は鋭いのに、不思議と逃げ場を与えてくれるようでもあった。
「わかった。俺が必ず君を守る。これからは一緒に行動しよう」
その言葉が耳に届いた瞬間、胸の奥で張り詰めていたなにかが切れた。安堵と覚悟が同時に押し寄せ、喉が熱くなる。
――そのとき、公園の入口から足音がした。夜気を切り裂くような硬い靴音。俺と氷室が同時に視線を向けると、街灯に二つの影が伸びた。
加藤くん。そして、その隣にいたのは健ちゃん。見慣れたはずの姿なのに、街灯に照らされたその瞳は冷たく、どこか別人みたいに見える。
逃げ場はない、正面からの対峙。氷室は音もなくベンチから腰を上げて、俺の前に出る。
「神崎と加藤……来たな」
加藤くんが意味深な笑みを浮かべ、隣の男――健ちゃんが一歩前に出る。その目が、まっすぐに俺たちを射抜いた。
「やっと揃ったな。奏、そして氷室。奏にメッセージを送れば、おまえたちが合流することなんて、最初から計算済みだ」
空気が一気に張り詰める。鼓動が耳にうるさいほど響くのに、不思議と怖さはなかった。俺は立ち上がって、氷室の隣に並んだ。それだけで、俺は逃げないと決めることができた。
次の瞬間、氷室が小さく息を吐き、大きな声で口を開く。
「ここで決着をつける!」
街灯の下、四人の影が交錯し、静かな夜が一気に緊迫の舞台へと変わっていった。
健ちゃんの視線は俺を射抜いたまま、まったく動かない。心の奥を暴かれるような冷たい眼差しに、背筋が震えそうになる。加藤くんは健ちゃんの隣でニヤリと笑い、わざとらしく肩を竦めてみせた。
「なあ奏。おまえは本当に、氷室と一緒にいて大丈夫か? あいつは君を“守る”なんて言ってるけど、氷室は自己防衛の強い男だからな。いざとなれば、おまえを切り捨てるぞ」
胸が大きく波打つ。それは図星を突かれた痛みに似ていた。俺が答える前に、加藤くんがどこか楽しげに喋りだした。
「そうだよね。ここ最近は奏先輩、氷室先輩に置いていかれて、ずっと不安だったんじゃない?」
加藤くんがさらに追い打ちをかける。あの笑みの裏に、残酷な愉悦が滲んでいた。
「あーあ、奏先輩のその顔。図星って感じだね」
返す言葉が喉に詰まる。ほんの数日前の俺ならきっとなにも言えず、立ち竦んでいただろう。
(だけど、もう違う。こうして蓮が、俺の傍にいるのだから!)
肩に置かれた氷室の手の重み、あの「離さない」という言葉が、俺の背をしっかりと支えている。
俺は深く息を吸い込み、健ちゃんを正面から見返した。
「そうだよ、不安だった。俺はドジで蓮に迷惑をかけてばかりで、置いていかれたらどうしようって、ずっと思ってた」
一瞬、健ちゃんの眉が僅かに動く。だが俺は言葉を続けた。
「不安はいっぱいあるけど、それでも蓮を信じる。俺はもう逃げない。誰になにを言われても――俺は蓮の横に並んで立つ」
喉の奥が熱くなる。それでも声は揺れなかった。言葉が胸の奥の鎖を断ち切り、空気そのものを変えていく。
街灯の下の夜気が重く、しかし確かに揺らいだ。加藤くんの笑みは凍りつき、健ちゃんの瞳にも苛立ちの色が滲む。
「へえ。奏、口だけは一人前になったんだな」
健ちゃんの声色は嘲笑を装っていたが、その僅かな焦りを俺は見逃さなかった。
「違うよ」と俺はハッキリと返す。
「口だけじゃない。俺はもう、蓮の背中に隠れてるだけの奏じゃない。ここで言葉にした以上、俺は絶対に裏切らない。それが俺の覚悟なんだ!」
健ちゃんの表情が硬直する。言葉の刃が、確かに相手の心に突き刺さった。
氷室が隣で小さく頷くのを感じる。
「奏の言葉が答えだ。おまえたちの狙いどおりにはならない」
夜の公園に、二人の意思が響く。その静けさは、嵐の前の緊張そのものだった。
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