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『ずっと好きなのに、私じゃないんだね。』第7話「大丈夫って、笑わないで」
及川さんと彼女さんが帰っていったあと。
私はしばらく、誰もいなくなった廊下に立っていた。
「……はぁ」
また、言えなかった。
本当は、もう少しだけ一緒にいたかった。
放課後の約束、楽しみにしてたのにな。
……でも、彼女さんが来たら仕方ないよね。
そう自分に言い聞かせながら、教室に戻って日直の仕事を片づけた。
黒板を消して、日誌を書いて、先生に提出して。
全部終わったころには、外はすっかり夕方になっていた。
「……あれ?」
立ち上がった瞬間、視界がぐらりと揺れた。
「っ……」
慌てて机に手をつく。
なんだろう。
頭が、すごく痛い。
朝から少し痛かったけれど、我慢できる程度だった。
でも、今は違う。
こめかみがずきずきして、身体にも力が入らない。
「……寝不足、かな」
昨日、泣きすぎたから。
あんまり眠れなかったから。
きっと、そのせい。
そう思って鞄を持ち、ゆっくり教室を出た。
けれど、廊下を歩いている途中。
また、視界が揺れた。
「……っ、あ……」
壁に手をつこうとしたけれど、うまく身体が動かない。
そのときだった。
「おい、○○?」
聞き慣れた声がした。
顔を上げると、そこには松川くんが立っていた。
「……まっつん」
「……お前、何してんの?」
松川くんは私の顔を見て、眉をひそめた。
「顔色、悪くね?」
「え? そう?」
笑ってみせる。
「全然、大丈夫だよ!」
そう答えて、もう一度歩こうとした。
……けれど。
ふらっ。
「……っ!」
身体が傾いた瞬間、松川くんがすぐに腕を伸ばした。
「おい!」
ぐっと肩を支えられる。
「……危なっ。何やってんだよ」
「ご、ごめん……」
「いや、謝んなくていいから。大丈夫か?」
心配そうに覗き込まれる。
私は慌てて笑った。
「大丈夫大丈夫!」
いつもの調子で、明るく。
「ちょっと立ちくらみしただけ! ほんと、なんともないから!」
「…………」
松川くんは黙ったまま、私の顔を見ていた。
「……ほんとに?」
「うん!」
「頭痛いとかは?」
「……え?」
一瞬、言葉に詰まった。
「……ちょっとだけ。でも、大丈夫!」
「ちょっとだけ、ねえ……」
松川くんが小さくため息をついた。
「お前の大丈夫、信用できねえんだけど」
「えー! ひどい!」
笑って返す。
けれど、頭の痛みはどんどん強くなっていた。
それでも、心配をかけたくなかった。
これ以上、誰かに迷惑をかけたくなかった。
失恋したくらいで、こんなに落ち込んで。
泣いてばかりで。
体調まで崩して。
自分でも、情けなかった。
「……ほんとに大丈夫だから。まっつん、先帰っていいよ?」
そう言って、松川くんの腕から離れようとした。
すると。
「……は?」
低い声が返ってきた。
「お前、今ふらついただろ」
「……うん、でも」
「でもじゃねえよ」
松川くんは私の鞄をひょいっと取り上げた。
「ちょっ、まっつん!?」
「保健室」
「えっ、いいよ! ほんとに大丈夫だから!」
「はいはい」
「まっつん!」
「……○○」
名前を呼ばれて、思わず口を閉じた。
松川くんは、いつもの気だるそうな顔ではなかった。
真剣な目で、私を見ていた。
「無理して笑うなよ」
「…………っ」
「つらいなら、つらいって言え」
その言葉が、胸に刺さった。
だって。
ずっと、我慢していたから。
及川さんの前では、笑っていなきゃいけなかった。
彼女さんの前でも、平気なふりをしなきゃいけなかった。
好きな人が幸せそうなら、私も笑って祝福しなきゃいけないと思っていた。
だから。
「……っ、でも……」
声が震えた。
「……私、別に……」
大丈夫。
そう言おうとしたのに。
目の奥が熱くなった。
松川くんは何も言わず、私が落ち着くのを待ってくれた。
それが、余計につらかった。
「……まっつん……」
「ん?」
「……なんか、頭痛い……」
やっと、それだけ言えた。
松川くんは小さく頷いた。
「うん。じゃあ、ちゃんと休もうな」
そして、私の肩をそっと支えてくれた。
「歩ける?」
「……うん」
「無理そうなら言えよ」
「……ありがとう」
そのまま、ゆっくり保健室へ向かおうとした。
——そのとき。
「……○○?」
廊下の向こうから、別の声が聞こえた。
振り向くと。
そこにいたのは、及川さんだった。
……え?
なんで?
帰ったんじゃ、なかったの?
及川さんは私の顔を見て、それから松川くんが私の肩を支えていることに気づいた。
「……何してんの?」
いつもより、低い声だった。
松川くんが答える。
「こいつ、頭痛いらしくて。さっきふらついたから、保健室連れてくとこ」
「……頭痛い?」
及川さんの表情が変わった。
「○○、大丈夫?」
その声は、いつもの優しい声だった。
私は思わず、いつものように答えてしまった。
「……大丈夫大丈夫!」
笑って、頷く。
「ちょっと疲れただけだから!」
及川さんは、何も言わなかった。
ただ、じっと私を見ていた。
そして。
「……また、それ?」
「……え?」
「大丈夫って」
及川さんが一歩近づいた。
「さっきから、ずっと大丈夫って言ってるじゃん」
……っ。
「……及川さん」
「全然、大丈夫そうに見えないんだけど」
その声が、少し震えているように聞こえた。
松川くんが、私の肩を支えたまま言った。
「及川。今はこいつ、休ませたほうがいい」
「ああ……うん」
及川さんは頷いた。
でも、視線はずっと私に向けられたままだった。
「……俺も行く」
「……え?」
「保健室。俺も行くから」
思わず、松川くんと顔を見合わせた。
……どうして?
彼女さんは?
帰らなくていいの?
そんな疑問が頭の中をぐるぐる回る。
でも、口には出せなかった。
及川さんは私の顔を見て、困ったように笑った。
「……ねえ、○○」
「……なに?」
「今くらい、俺に心配させてよ」
——胸が、ぎゅっと締めつけられた。
そんなこと言わないで。
優しくしないで。
私はまだ、あなたが好きなんだから。
「……っ」
目の奥が熱くなって、慌てて俯いた。
すると、松川くんが小さく息を吐いた。
「……及川」
「……何?」
「心配するなら、ちゃんと心配してやれよ」
松川くんは、いつになく真剣な声で言った。
「こいつ、ずっと無理してんだから」
及川さんが黙った。
私は何も言えなかった。
だって。
松川くんの言葉が、あまりにも優しかったから。
そして、及川さんの表情が。
今まで見たことがないくらい、苦しそうだったから。
——つづく。
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コメント
1件
第7話読み終わった…。めっちゃ切ねえ…(泣) 及川さんと彼女さんが帰った後の、一人廊下に立つシーンがもう、じわじわ来たわ。「また言えなかった」ってところでグッときたし、松川くんの「お前の大丈夫、信用できねえ」には痺れた。無理して笑う主人公を見抜く目線が優しすぎる。 そして及川さん、なんで戻ってきたんだろ…。彼女さんいるのに保健室行くって複雑すぎる。でも「今くらい俺に心配させてよ」は反則だわ。好きな人にそんなこと言われたら余計に辛くなるって… 松川くんの「ちゃんと心配してやれよ」も含めて、三角関係というか、もつれ具合が絶妙すぎる。続き気になる! 早く更新来てくれ🔥