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#ファンタジー
#ざまあ
設楽理沙
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リビングに行くと、薔薇の花が描かれていた食器が割れて床に散らばっていた。
その近くには、取り乱した様子でしゃがみ込んでいる香さん。
「歩美!私を置いてどこに行くつもりなの! 」
叫ぶような怒声に思わず肩が跳ねる。
先程の温厚な香さんからは想像がつかない姿だった。
「なんで私を置いてこうとするの? 私なんてもういらないの? 」
悲しそうに目に涙を溜めている香さんは心が大人になりきれていない不安定な幼い少女……そんな風に見える。
「……もうやめて……お願い。お兄ちゃんを自由にしてあげて」
みちよちゃんがぽろぽろと涙を流しながら、香さんの目の前にしゃがみこんだ。
香さんは顔を歪ませて、みちよちゃんの肩を掴む。
「何を言っているの? みちよも私から歩美を奪うの?」
「お兄ちゃんの名前は歩美じゃない! 歩なんだよ? こんなこともうやめて! 」
必死に懇願するようにみちよちゃんが声を張り上げる。
「お願い、お母さん!」
みちよちゃんの言葉を聞き入れられない様子の香さんは眉間に寄せた皺を更に深くして、みちよちゃんの体を揺らした。
「いや……いやよ!この子はまた私の元に来てくれたの!誰にも奪わせたりしない!」
「母さん」
泣き叫ぶ香さんに歩くんが声をかける。
それは消えそうなほど弱々しい声だったけれど、ピタリと香さんの声が止まった。
「俺は、誰なの? 」
悲痛な叫びのように聞こえた。
自分が誰なのかわからない。歩という名前のはずなのに、歩美と呼ばれ生まれ変わりだと言われ、家では女の子のフリをして、外では男の子として生きる。
それは彼にとってかなりの苦痛。それでも今まで誰にも相談できなかったんだ。言えなかったんだ。
『辛い』ってたった一言でも言葉は重たくって、口に出すのはすごく怖かったんだと思う。
「俺、家出るよ。みちよを連れて」