コユキは嘆き続けた、が、周囲はコユキに気が付くことは無かった……
たった一人、オルクスを除いて……
「やすぅきぃ~、ん? どうした兄者? 手が止まっているぞ、疲れたのか?」
モラクスの問い掛けにオルクスは真剣な顔で答えた。
「ムゥ? ムムム? アレアレェ、ナ、ナンカァッ! モラ! トルネード、ダッ! ウデ、ダシテ! ハヤクッ!」
「え? と、トルネード? 室内でか? それは無茶だろう、幾ら何でも――――」
「ハッ、ハヤクッ!」
他の者の言葉であれば否もあったであろう、しかし既にご紹介の通り、兄妹弟(きょうだい)にとって長兄であるオルクスの決定は絶対なのである。
モラクスは自分が敬愛する兄の対面に立つと兄と同じ姿勢を取ったのである。
即ち、右腕を九十度に曲げて互いにクロスさせ、ピッタリと息を合わせて言ったのであった。
「「『風よ(アネモス)』」」
合わせた右肘を中心に自分たちの巻き起こした風によってクルクルと足を浮かべて回転し、徐々に速度を上げて行く二柱の魔王種の姿は、やがて激しい竜巻の中に消えて行くのであった。
ゴオウゴウゴウゴ――――ゥゥッ!
渦を巻くハリケーンの中から二柱の揃った声が響いた。
「「イクゾ! 『白黒旋風(オルモラトルネード)』!!」
ブワアァァァゴゴゴゴオオォォォブバアァァァビョオオオオォォォ!!
凄まじい風の暴威に晒された本堂は無茶苦茶で滅茶苦茶の惨状を呈する。
仏具や調度の類は飛び回り、壁や柱に激突して壊滅状態である。
目を覚ましたラマシュトゥは必死に飛び去ろうとする羊皮紙を抑えて蹲り(うずくまり)、アヴァドンと編みぐるみ、アジ・ダハーカはパズスがとっさに張った盾の後ろに身を隠している。
シヴァは自分が向き合っていた壁に埋まって身動きできないようだった。
体重のお陰で飛ばされる事は無かったコユキだったが、一つだけ変化があった。
胸のポッケにしっかりと指していた『鶴の尾羽』が暴風によって飛ばされてしまったのであった。
「サンセンチ!」
突然本堂の隅、シヴァの隣に姿を現したでっぷりとして存在感大ありなコユキの姿を発見したオルクスが『風よ(アネモス)』を急に止めて歩み寄ってくる、因み(ちなみ)に突然肘を外されたモラクスは吹っ飛ばされて頭から体の半分くらいまで反対側の壁にめり込んでいた、大変痛そうである……
「こ、コユキ様? で、ですの?」
「何故、突然?」
「お、おかえりなさい」
「え? 今のって、転送? 転移? い、いつの間に?」
「ちょっと出してもらえますか? い、いや、我を引き出す栄誉を手にするのは、果たして誰かな?」
「キュゥ――――……」
兄妹弟達がいつもの口調で突然のコユキの登場に、揃って驚きを口にする中、割かしクールキャラな筈のモラクスは壁にめり込みキュゥっているのであった。
コユキは目尻に涙を浮かべながら言うのであった。
「み、皆ぁ、あ、アタシが見えるのぉ、オイオイオイ、見えるのねぇ! この美しい姿がぁ!」
「ウン、ミエルヨ、オッキイヨ」
「「「「「「……」」」」」」
オルクス以外のメンバーは黙りこくっていた、多分、美しい云々の部分が原因だと思われた……
くぅっ、残念至極!
そのとき、庭で掃除に勤(いそ)しんでいた善悪やアスタとトシ子の馬鹿ップル、復縁間近のイラルク、それ以外にもアフラ・マズダの面々やゼパルやベレト、キンキラカイムやガープ、三頭の熊も物音に気が付いて本堂を覗き込むように顔を見せたのであった。
最初に口を開いたのは善悪であった。
「な、何でござるか! この有様はぁ! ん、んんん? コユキ殿ぉ! いつの間に帰っていたのでござる! にしても、これ…… ねぇ、どうすんのぉ? プンプンでござるよぉ!」
「ぜ、善悪ぅ!」
コユキは善悪の胸に飛び込んで、押し倒し、体重を掛けつつもその逞しい胸に顔を埋めて泣きじゃくるのであった、よほど怖かったんだなぁ……
「ちょ、ちょっとコユキちゃん? コユ…… キ…… チャ………… むうぅ、キュ――――……」
目方が重すぎたのか、哀れ善悪和尚もモラクスに次いで意識を刈り取られたのであった……