〈ストーリー〉
まだ夜明け前だが、東の空はほんのり明るい。
暗くて蒼い海に舟を浮かべて、おもむろに漕ぎ出す。
ここから目指す島までは、十数分といったところか。着く頃には朝日が出ている。
今日は少し風が強い。
波に合わせて揺れると、ちゃぷちゃぷと音がする。それは静かな黎明の世界にはうるさく聞こえるくらいだ。
一人、海原を行く。
やがて緑に包まれた島が見えてくる。そこに映える白壁の教会。
桟橋に着くと、ロープをしっかり杭に縛りつけた。
島に降り立ち、そこから伸びる道を歩く。
丘の上に続く石の階段を登ったら、玄関にたどり着く。
焦げ茶色の古い木の扉を開ける。
ステンドグラスの窓から陽が降り注ぎ、斜めの光をつくっている。この色とりどりな光が、僕は好きだ。
そしていつも先客がいる。
少し腰の曲がった、小柄なおばあさん。以前聞いたのだが、修道女だったようだ。
僕と同じく毎週朝の時間に来て、礼拝をして帰っていく。家がどこだかは知らない。
いつもの定位置、右側の前から二列目。
前だったら隣に座る人がいた。あなたが隣の席からいなくなったのは、ごく最近のように思い出せるし、遠い昔のことにも感じる。
後から入ってきた年上の男性とたった3人、厳かな日曜の朝。
定刻の祈りの時間ではないものの、それぞれこの時間を好んで足を運んでいる。
顔見知りだが、会釈するだけで言葉を交わすことはない。
でも、今日も同じように過ごした、という事実があるだけで少しだけ安心できる。
そこにあなたはいなくとも。
決まった時刻になると、席を立つ。出る前に正面の十字架に向かって一礼をし、扉を開けた。
石段を下りる途中、道端に咲く小さな白い花に気づいた。
清廉潔白なその姿は緑の草の中目立っているのに、なぜ行きで気づかなかったのだろう。
名もわからないその小さい花を、そっと優しく摘む。残りの階段を下りて、打ち寄せる波の中に落とした。
きっと今でも赤い日傘を差しているだろうあなたが拾ってくれたら、と願いながら。
舟を泊めていたロープをほどき、乗り込む。
僕の重みでギリリギリリと音を立てる。
漕ぎ出したとき、背後で鐘の音が響いた。重厚なようで軽快なそれは、もう何回も聞いた。でも聞き飽きない。
その音が風に乗って、僕の悲しみと一緒にあなたのところまで届いてほしい。
あなたにまた聞いてほしい。
でもそんなの、永遠に届かない。
舟は西に向かって進む。いっそこのまま、たそがれになるまで流されて沈めばいいのに。
そうして明日になったらあなたに会えるのかな。
終わり
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