「どうして貴方は、そこまで自分をさらけ出すことができるんですか?」
身を乗り出して訊ねた敦士の視線から逃れるように、男性は瞼を伏せた。
「おまえには嘘がつけない。俺が弱りきって死にかけた格好悪いところや、他にもいろんなものを見せてる。敦士自身も偽りのない姿を、俺に見せてくれているから」
「僕も?」
敦士が疑問を投げかけたのを機に、男性は伏せていた瞼を上げて、見据えるように凝視した。
「ああ。想いを真っ直ぐぶつけてくれた。すごく嬉しかった。こんな俺でも、愛してくれるんだって」
男性から注がれる眼差しは、告げられたセリフを表すかのように、熱を帯びていた。
「僕は貴方を……好き――」
男性の耳に、敦士の小さな呟きが届いたのかはわからない。それでも目の前で艶やかに微笑む雰囲気から、間違いなく自分に好意を抱いていることがわかった。
(どうして僕は、こんなにも尻込みしてしまうんだろう? この人が好きなら好きで、飛び込んでいけばいいだけなのに、どうしてもそれができない……)
「俺が夢の番人として、おまえと最後に逢ったとき。残念なゴタゴタがあった」
男性の微笑みが、泣き出しそうな笑みに早変わりした。敦士は胸元を押さえながら、話の続きに聞き入る。
「夢は夢でも、悪夢の中じゃないと逢うことができない俺たちは、ずっとすれ違ったままでいた」
「それじゃあ貴方は、夢の番人としてのエネルギーを、僕から得ることができないんじゃ」
「そうだ。だから仕方なく、他の奴から徴収するしか手がなかった。とはいえ俺の姿は相手に見えない状態で、無理やり搾取するという形だったけどな」
悪夢を見られなかったせいで、男性が他の人と関係を持ってしまった――相手には認識できない行為とはいえ、その事実を考えただけで胸が潰れそうなくらいの、なんとも言えない痛みを感じた。
いろんなわけがあっても敦士にとって、それは耐え難いものだった。
「やはり、あのときと同じ状況になるか。当然だよな」
暗く沈んでいく敦士の表情に、男性は途方に暮れた顔つきになる。
「貴方は、なんでそのこと……どうして、隠してくれなかったんですか。こんなにつらいこと、僕は知りたくなかった!」
「嘘はいつかはバレる。そういうものだと知っているから、あえて告げた。それに最初に言ったろ。おまえには嘘をつきたくないって」
「でも!」
「創造主が与えた躰で受けた行為。しかも相手には、俺の姿が見えていない。それでもおまえは、俺と付き合うことができないんだな?」
言いながら男性は距離をぐっと詰めて、胸元にある敦士の手を取った。握りしめられる自分よりも華奢な手から、男性のぬくもりが伝わってきた。振り解きたいのにそれができない理由は、男性の手が自分よりも冷たい体温だったから。むしろ空いてる手を添えて、あたためてあげたい衝動に駆られる。
「敦士……」
自分には記憶がないのに、意志の強そうな男性の瞳にじっと見つめられるだけで、すべてが根こそぎ引き寄せられる気分になる。
敦士は見えない不安を振っ切ろうと、手を引き剥がして放り投げた。自動的に戻ってきた手をそのままに、男性は息を飲んで目を見張る。
「ごめんなさい! やっぱり僕は、貴方を信用できません」
すべてをさらけ出して誠意を見せている男性に向かって、敦士は心にもないことを口走った。
「今までだらしなく生きてきたツケが、こういう形で返ってくるなんて、本当に後悔してもしきれない」
沈痛な言葉が、男性の気持ちを表していた。
「あ……」
「別れることが、どこかでわかっていた。それでも諦めきれなくて、こうして逢いに来たんだが――」
男性は敦士に投げられた手を、反対の手で撫で擦り、しょんぼりと肩を落として、頭を深く下げたのちに、踵を返しながら呟く。
「……出逢ったこともなにもかも全部、夢だったら良かったのに」
靴音に混じった男性の小さな囁きは、敦士の耳にしっかり届いていた。
「夢……これは夢じゃなく現実なのに、そんなの」
無理な話だと続けた敦士のセリフは、去って行く男性に届かず、目に映る後ろ姿がどんどん小さくなった。ビルの隙間から西日が一筋だけ差して、暖かな光が男性をほのかに明るく照らす。
頭に浮かんでいた青白くて淡い光じゃなく、赤みのある光が照らしているお蔭で、敦士の双眼に男性の存在がはっきりと映った。