コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ここはお前がいないと回らないからな」
夜、一緒に店番をしていると、倫太郎が急にそんなことを言ってきた。
壱花は笑って、
「昼間のフォローですか。
いいですよ、わかってますよ」
と言う。
……ま、ちょっぴり、いじけましたけどね。
そう思いながら。
そのとき、冨樫がやってくるのが分厚いガラス戸の向こうに見えた。
此処に来るとは、少しは浮上できたのかなと思いながら、
「今日も甘酒わかしましょうか」
と壱花は笑う。
「この俺の身に起こることなどないと思っていた、ミスの連鎖っ。
此処から抜け出すにはどうしたらっ」
店で子狸たちとストーブを囲んで座り、甘酒を手にした、ほっこりタイム。
冨樫ひとりが甘酒を手に苦悩していた。
俯きがちに甘酒を見つめていた冨樫は、玉梓が怨霊~っ、という雰囲気で、少し顔を上げ、壱花を見てくる。
「おのれ、風花っ。
死んでもお前を頼りにしたくはないんだが……っ!
此処から抜け出す、なにかいいアイディアはないのかっ」
「そこでおのれは、おかしいですよね、冨樫さん……」
おのれ、くらいつけないと、私に訊いて来られない気分はわかりますが、と苦笑いしながら、壱花は言った。
「でもまあ、いつも通りの冨樫さんになって安心しました」
そう言うと、冨樫は、ちょっと大人気なかったな、という顔をして、
「風花。
お前のリカバリー能力は素直に尊敬する。
見習おう」
と言ってきた。
いや、そんな、と照れていると、真面目な冨樫はメモを取り出して話を聞こうとする。
「いや、ほんっとうに、やめてください……」
と壱花は言った。
それ、私の失敗談をすべてメモする構えですよね?
と思いながら。
「いや、お前が未だにクビにならずにいるのは、リカバリー能力がすごいからだと今日知ったよ。
そういえば、いつもお前はすんでのところで大事になるのを回避している」
「いやいや、ただの慣れですよ」
と謙遜していいところなのかわからないまま、謙遜して言ってみたが、すぐに、倫太郎に、
「……慣れるな」
と言われてしまう。
いつもは雰囲気が怖いのか、高尾のように子狸にまとわりつかれたりしない冨樫だが。
今日はオーラが薄いらしく、子狸たちに背中によじ登られたり、膝に乗られたりしている。
それも気にならないように、
「実は、あのあとも細かいミスが続いてな。
なにもかもピンバッジがなくなったせいだ……」
と呟く冨樫に、
「違うと思いますよ」
と壱花は言った。
「ミスは一個ずつ。
そのときそのときで理由があるんですよ」
と言って、
「まともなことを言うな」
と何故か冨樫に叱られる。
「でもまあ、確かに滅多にミスしない人がミスすると、ハートに来ますからね」
暗に自分には来ないと認めて言う壱花に、倫太郎が、
「お前冷静だな」
と言う。
「……慣れてますから」
また怒られそうだ、と思いながら言ったとき、倫太郎が、
「冨樫。
ミスしない人間なんていないぞ」
俺もミスした、と言って、椅子に座ったまま、後ろを振り向き、カウンターの上にあった小さなダンボールを手にした。
「発注ミスだ。
いつもと違うところに発注してしまった」
その箱の中には小さな赤い箱がいくつか詰まっている。
お化けガムのようだが、いつもとパッケージが違って、ちょっと愉快な感じなキツネとタヌキの絵が描いてある。
「全然、怖そうじゃないですね」
と壱花は苦笑いしたが、可愛い絵のガムを手にしている倫太郎の、ガムと不似合いな感じがちょっと可愛らしいなと思ってしまった。
いつもなら、一言毒舌をはさんでくる冨樫だが、今日は沈黙している。
これは、やっぱり、ピンバッジを見つけるのが一番かな、と思ったとき、壱花はあることに気づき、
「あ……」
と声を上げた。
みんなが見る。
特に高尾が身を乗り出して、こちらを見た。
「そうか。
わかりましたよ」
と壱花は高尾に向かって言う。
「私たちがなにを忘れていたのか」
そう言い、笑って見せた。