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第二章 吉兆の鳥に贖いを
目が覚めると、僕――詩乃涼香はいつもの病室にいた。
よかった、今日は大丈夫だったんだという安堵感に浸りつつ、
おかしなところがないか、周囲を確認する。
僕は、事故に遭って、少し記憶喪失になっている。
夢遊病も発症してしまったらしく、夜に出歩いてしまうことがあるらしい。
カーテンを開け、梅雨明けの朝日を浴びる。
病室の外に見える大樹を見た。
後ろに広がる空を眺めた。
無意識に手を伸ばす。
傷だらけの指が目に入った。
昨日、カッターで切った傷だ。
何かがつらい気がしたとき、赤く輝くそれを見ると、心が落ち着く。
しかも、事故で骨折した腕が痛いからって鎮痛剤を飲んでから行う事
ができるから、痛みなく快感を得ることができる。
ぼーっと自分の腕を見つめる。もしかしたら、僕がこれを見るまで
血なんか出ていなかったのかもしれない。
それほどまでに痛みがない。赤く不規則に流れるそれが美しくてたまらない。
鏡を見る。
鮮やかなピンク色の毛がくるりと渦巻くツインテールが、自分でも似合うと思う。
7月のぬるい風が吹く中、マフラーに白く柔いパーカー。黒のミニスカ。
可笑しな格好に思える。でも、しょうがない。冷え性だから――そう偽って、
蜘蛛の巣のように広げたこの傷を隠さなければならないから。
僕は立ち上がり、薄く聞いたエアコンの風を浴びながら病室を去る。
スマホには、とあるサイトの案内が表示されていた。
僕は暇だった。
事故に遭って、記憶も少し失って、その上、狭い病室の中に囚われている。
ここ3ヶ月くらいの記憶がないらしい。
実感がわかないけれど、高校の友達の名前がほとんどわからないのは、
4月の途中までしか記憶がないからだろう。
それだから、授業はわからない。こんな難しいものをよくやっていたものだと、
自分をほめたくなる。
でも、世間一般的な意見からして、それは褒められる事ではない。
学校へ行きたい。
褒められるものじゃない。当たり前の事。
学校へ行けない。
同じ当たり前を過ごせない僕という人間の体を恨んだ。
学校へ――……
ただの骨折じゃない。くも膜下出血による生命の危険を味わった。
夢遊病に記憶障害、交通事故によるPTSDの心配諸々含めれば、
数週間の入院で済んだことを嬉しく思うべき……だった。
スマホの画面を、押した。
何気なく、夢見心地の心を鎮めるために、
押した。
僕はあの日、ニュースを見ていた。
夕方の美しい日差しが僕らを襲う様につられてテレビをつける。
4時だった。この時間はニュースを見る以外の選択肢は寝るだけだった。
ニュースを見ることを選んだ。
ニュースには、焼香野郎の事が大きなトピックに上がっていた。
よくわからないが、大きなことがあったことだけ理解した。
大きなニュースといえば、なんだろう。
今年は……なんか、いろいろあった……のか、な?
よくわからなくなってきたので、目の前の画面に集中する。
『今年の3月20日からか、ネットに謎の広告とか、サイトが出回ってるらしいんです。』
『えぇっ?なんですかぁそれ?』
非常につまらない、感情が乗らない声を流す。
でも、僕の心を掴む言葉が流れた。
『なんでも、死にたい人の手助けをするらしいです。』
死にたい人の……手助け……?
僕は無意識のうちに、そのサイトを調べていた。
ニュースから聞こえてくる音声が遠くなる。
『えぇ?■■ひと、いる■■すか?』
『それがい■■で■よ。……残さ■■家族がかわ■そうです。』
『そう■■■ぇ。やはり、』
『自殺はい■ないことですから。』
サイトを見つけた。
定型文だけで形成されたような、小説を参考にしたような、
でもなぜか魅了されてしまう、不思議なオーラを纏っていた。
画面に映された「依頼」ボタンを押して数時間後、
‘‘彼‘‘から連絡が来た。
どういう方法で死にたいか、いつがいいか、遺書は必要か、
みたいな。とにかく僕を優先して考えてくれる姿勢を崩さない。
僕は、首吊りにした。
病院の奥にある山。そこは、地元の人も近づかないような、
お化けが出る山として知られていた。
それより、登ることが大変なのだが、それを伝えても、
‘‘彼‘‘は了承してくれた。
7月には似つかない春のように柔らかな風が、不思議な感情を高めていく。
‘‘彼‘‘は、時間通りにやってきた。
早朝3時、未成年はまだ外出禁止の時間だ。
‘‘彼‘‘は眠たげな声を必死に抑えているようで、呑気なものだと思っていた。
骨折した腕に木が当たらないよう細心の注意を払いながら登っていく。
‘‘彼‘‘は、疲れた様子を見せつつも僕の後をついてきた。
涼し気な森の空気を味わい、途中のベンチで休憩をはさんだ。
こんな辺境にベンチをつくろうとした人は、どういう思考をしているのだろうと
思ったが、結果役に立ってくれているから良しとする。
僕が立つと、‘‘彼‘‘も立ち上がり、山の頂上まで登って行った。
「あ、った……。」
僕の病室から見えていた一本の大樹。
僕は、これが見たかった。
蝉の鳴かない夏の初め。僕はもう、この木に魅了されていた。
‘‘彼‘‘が僕にロープを渡す。
‘‘彼‘‘の手は、とても暖かった。
首を吊る。
ロープで輪っかを作り、きつく結ぶ。
未遂に終わって親に泣かれるとか、ごめんだったから。
僕は、一気に首を吊った。
死ぬ間際に見る景色は、とても感動的で、綺麗だった。
不思議と空を仰ぐ‘‘彼‘‘に目がいってしまう。
じっと見つめていたら、深く被ったフードの隙間から、‘‘彼‘‘の赤い瞳が見えた。
美しいと思った。
僕の視界は閉じた。
声が、聞こえる。
何かが爆ぜる音が、聞こえる。
花火のように気前よく爆ぜる何かに、
よくわからない感情が
救われた気がした。
なんで僕は死にたかったんだろう。
‘‘彼‘‘は、焼香を焚いた。
焚かれた焼香の右に視線を寄せる。
静かに、眠るように穏やかな少女の姿を見る。
先ほどまで元気に山を登っていた彼女は、もういない。
体はいずれ腐敗し、いつかそこにいた痕跡さえ自然へ戻る。
いや、戻れるかはわからない。
多分、人に見つかる。
さっさと見つかる。
そうしたら、この子は自然に戻れない。
人間として、死ぬ。
どっちが正解だったんだろうな、って
思わず零した声は、誰にも拾われない。
スマホを手に取る。
画面の中に映る花園に咲く13輪の青いアネモネが、
彼女の死を美しく、色めかせていた。
ニュース番組は、焼香野郎の話で持ち切りだ。
焼香を焚いて、人の死を手助けする。
最低だ。と、そう思う。
娘は……涼香は、いまだ見つからない。
そんな中見つけてしまった。涼香のスマホの履歴を、
見てしまった。
そこには、焼香野郎のサイトらしきものにログインした記録があった。
ただ、他の履歴はすべて消されている、し、
娘がどこに行ったかは、まだよくわからない。
……なんで、
何で娘は居なくなったの?
事故のせい?記憶喪失になったから?病院生活がつらかったから?
なんで?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
なんで!!!
過呼吸になりかけた私の背中を、夫が静かに撫でる。
ただただ泣きじゃくった私に、残酷な真実はいらない。
少なくとも、今はただ泣かせてほしい。
ここで一生分泣くから、だから――
残酷な真実を、見せないで……。
89名無しのM
え、またやってるよ?ニュース。
90名無しのM
またかよwwww
91匿名センター
>>89
マジか
92名無しのM
でもあれまだ噂だろ?
93名無しのM
>>92
でもさ、今までで一番自殺件数多くない?
最近物騒だね。
94名無しのM
>>93
今まで千人弱だったのが二千行くか
行かないくらいって……こわぁ。
95名無しのM
今日やってた行方不明のニュースは、
どっちなんだろうな
――――――――――――――――――――――
娘は、いつまでたっても見つからなかった。
山のふもとも、学校も、病院内も、町中も、
部活のお友達の家にも行ってみた。
それでも、誰もわからなかった。
居なくなった理由を、誰も知らなかった。
娘は、学校へ行きたがっていたらしい。
でも、行くのが怖かったらしい。
小学校から一緒のお友達はそう言っていた。
よくわからない。
学校は、楽しい場所のはず……いじめでもあったのかと
探りを入れればよかったか、なんて馬鹿なことを一瞬考える。
見つかれば……見つかれば、探りを入れよう。
問い詰めたい。なんでいなくなったのか。
そうこぼす私を、夫は咎めた。
「もし、涼香が自分の意思でいなくなったとしたら、
ママがどうこうできた話じゃなかったと思うよ。」
私はその言葉を合図に、また、泣いた。
嫌になるほどの晴天。
私は、もう耐えられなかった。
千羽鶴を思い出す。
娘は、向こう側にいるのかな。
無意識に手を伸ばす。
重力に従って落ちていく。
遠くには、名の知れた山。
青く澄んだ空に映る光の十字架に従い、
私は、貴方がいるであろう場所へいきました。
終
#魔法
たーくん
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コメント
13件
…ああ、なるほどね深いね… でも好きだこういうの。
読み終えました……。重くて、それでいてどこか美しい、不思議な感覚が残るエピソードでした。 特に印象的だったのは、涼香が首を吊る直前の「彼」の赤い瞳を「美しい」と感じる瞬間ですね。死にゆく者の視点が、まるで祝福されるような描写で——それだけに、母親の慟哭との落差が胸に刺さります。そしてラスト、母親が自ら命を絶つ選択をする展開にも、言葉を失いました。 「吉兆の鳥」というタイトルが、何を指すのか——まだ3話目なので、これから明かされる伏線が楽しみです。