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5 - 夕方の研究室(🐟×🦊)

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2025年11月08日

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夕陽がゆっくりと傾き、研究室の壁を橙に染めていた。

昼間の喧騒が遠ざかり、窓の外では木々が静かに風に揺れている。

柔らかな光が机の上の器具を照らし、影がゆっくりと伸びていた。


くられは実験ノートを閉じ、軽く肩を回した。

ペンを置く音が小さく響く。

その瞬間、ようやく昼から続いていた時間が一区切りついたように思えた。


「先生、もう夕方っすよ」

声の方を向くと、ツナっちがドアのそばに立っていた。


「……もうそんな時間か。時計を見るの、忘れてたよ」

「またデータとにらめっこしてたんですね」

「うん。でも、あと少しでまとまりそうなんだ」

「“あと少し”が長いの、先生の悪いクセっす」


くられは苦笑しながら、机に肘をついた。

「図星だね」

「でしょう?」


ツナっちは笑いながら近づき、机の上にマグカップを置いた。

それからは、ほんのりと湯気が立っている。


「コーヒー、淹れ直しました。今度はあったかいですよ」

「ありがとう。気が利くね」

「先生、昼の冷めたやつまだ残ってたんで、捨てときました」

「はは、報告まで丁寧だ」

「心配性なんで」


くられはマグカップを受け取り、湯気の向こうで微笑んだ。

その表情が光に透けて、ほんの一瞬、ツナっちは目を逸らした。


「外、すごく綺麗ですよ。もうすぐ陽が沈みます」

ツナっちが窓辺に立ち、指先でガラスを軽く叩いた。

くられも立ち上がり、肩越しに外を見る。


街の遠くにビルの影が伸び、空は淡い茜に染まっている。

その光景に、くられは小さく息をついた。


「……いい時間だね。昼と夜の境目は、どうしてこんなに落ち着くんだろうね」

「確かに。なんか、研究室の音も静かに聞こえますね」

「機械たちも、休憩中なのかも…なんて」

「先生、機械にまで優しいのはやめてください」


ツナっちは笑いながらそう言ったが、その穏やかな声音の裏には、どこか安心したような響きがあった。


ふたりはしばらく並んで夕陽を眺めた。

ガラス越しの光が白衣の裾を金色に染め、影が重なる。


「ツナっち」

「はい?」

「昼に言ってくれたこと、ちょっと効いたみたいだ」

「え、どの話っすか?」

「“無理してるように見える”ってやつ」

「……あぁ。ようやく自覚しました?」

「少しだけね。でも君のおかげで、ちゃんと息ができてる気がするよ」


ツナっちは視線を伏せて、頬をかいた。

「……そっすか。なら、まぁ、よかったです」


くられは笑いを含んだ声で続けた。

「心配性なのも悪くないね」

「先生、それ絶対わざと言いましたよね」

「さぁ、どうかなぁ…」


軽い言葉の応酬に、空気がふっと和らぐ。

窓から差し込む光がゆらぎ、ツナっちの笑顔を照らした。


「先生」

「うん?」

「たまには、こうしてのんびりするのもいいっすね」

「そうだね。静かな時間って、案外いちばん贅沢なのかもしれない」


しばしの沈黙。

風がカーテンを揺らし、遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。

時計の針がゆっくりと進む音が、やけに優しく響いていた。


ツナっちは鞄を持ち、ドアの方へ向かう。

「俺、先に戻ります。先生はどうします?」

「もう少しだけ、データを整理してから帰るよ」

「“少しだけ”って言葉、ほんと信用できないっすね」

「信じてもらえるよう努力するよ」

「……じゃあ、明日確認します」

「怖い監査官みたいだ」

「監視です。ちゃんと帰って寝たか、報告義務ありますから」

「はは、わかったよ」


ツナっちは笑いながらドアノブに手をかけた。

夕陽の光がその頬を照らし、橙色に染めている。


「……先生」

「ん?」

「また明日も、ちゃんと顔見せてくださいね」

「約束するよ」


ツナっちは微笑み、静かに扉を閉めた。

研究室に再び静寂が訪れる。


くられはコーヒーを口に運び、残りわずかな温もりを感じながら、

窓の外に沈む光を見つめた。


光はもう、ほとんど夜に溶けかけている。

けれど、その境界に漂う時間が、彼には心地よかった。


「……ほんと、早いな。今日も」


小さくつぶやき、空になったマグカップを机に戻す。

わずかに指先に残る温かさが、どこかツナっちの声のように感じられた。


夕暮れの風がそっとカーテンを揺らす。

光も音も柔らかく混ざり合い、研究室は穏やかな余韻に包まれていた。

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