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さすがにこれは――
我が従弟ながら、少し学べよと言いたくもなる。
和風鍋スープの素はまだわかる(いらなかったが)。
なぜ鍋にセロリ?
笑いを取ろうと思ったのか?
|晴葵《はるき》に鍋の材料を頼んだのだが、買ってきた内容が俺の思っていたラインナップと違っていた。
甘やかされて育った晴葵はまったく料理ができず、カップ麺にお湯を注ぐか、コンビニ弁当を温めるくらいが精一杯だ。
そんな晴葵を心配した母の妹であるおばさんから、『たまに晴葵の様子を見てあげてね』と頼まれ、その食生活を管理していた。
料理は得意な方だ。
だから、それは構わない。
構わないのだが――
「おい! マロニーを忘れているぞ!」
レジ袋を見た瞬間に俺は気づいた。
鍋のわき役だが、いるとなんだか嬉しいマロニーがいない!
「あー、忘れてた」
忘れてたじゃねえよ!
それだけじゃない。
なんだ、このチョイス。
お弁当ミートボール(鶏団子用のひき肉を頼んだ)とウインナー(肉を頼んだ)。
遠足のお弁当かよ!?
「なあ、晴葵? 俺は鍋の材料を買ってこいって言ったよな?」
「言ってたね。だから、俺の好きな物を買ってきたけど、なんか間違ってた?」
そうだな、いろいろと間違ってるな。
晴葵は得意顔。
これは俺の失態だ。
材料をメモに書いて渡しておくべきだった。
落ち着こう。
夕飯まではまだ時間がある。
セロリ、お弁当ミートボール、ウインナーを鍋にするにはどうする?
冷静に状況を分析し、夕飯の戦略を立て直そう。
晴葵は俺の部屋でまた『魔法少女☆ルン』の鑑賞会を始めた。
「自分の部屋に帰れ! それから、その『魔法少女☆ルン』のBlu-rayは持って帰れよ」
「えー?今、貴仁に彼女がいないんだから、誰もこの部屋にこないだろ?」
「残念だったな」
俺は不敵に笑った。
「今日、|新織《にいおり》に告白して、付き合うことになった」
「まじかよ。早すぎるだろ! 嘘だろー! あのクールな新織さんがこんな男と!?」
「誰がこんな男だ。お前よりはマシだ」
晴葵も狙っていたのか、悔しそうにクッションをぼすぼす叩いていた。
やっぱりこいつも新織狙いだったか。
「もう名前で呼び合う仲だ」
「マジか……!」
がっくりと晴葵は崩れ落ちた。
「お前が魔法少女に|現《うつつ》を抜かしている間に、俺は乙女ゲームをプレイし、攻略の隙を虎視眈々と狙っていたというわけだ」
「そのドヤ顔! うぜー!」
クッションが飛んできたのを華麗にキャッチし、すぐに投げ返した。
どむっと晴葵の頭にあたる。
「真の姿を知ったら、別れるに決まってる! 誰にもなびかないって有名な新織さんが、よりにもよって、こんなゲームオタクと!」
なんとでも言え。
この社内一周男が!
そんな男にあの真面目で清廉な新織を渡せるか。
今回、新織攻略のためプレイした乙女ゲーム『ときラブ』を晴葵に見せた。
「晴葵。お前も少しはこれで勉強したらどうだ?」
「しねーよ!」
「そうか。残念だ。さて、新織と次のデートの約束もしておこう」
「なんでこんなやつと……新織さんが……」
マジ泣きかよ。
俺はお前の従兄で、夕食まで作ってやっているのに、どういことだよ。
晴葵は手のかかる弟的な存在だ。
少しは晴葵の恋愛をアップデートしてやろう。
「晴葵。お前に質問だ」
「ん?」
俺はおもむろに『ときラブ』の画面を晴葵に見せた。
「デートの誘い方で正しいのは?」
→【|龍空《りく》。次はいつ会える?】
【龍空。今日は楽しかった。ありがとう】
「上かな」
晴葵の選択肢を選ぶ。
画面上の龍空の表情は曇る。
龍空『……少し考えてからでもいいかな』
困惑顔の龍空と同じく困惑顔の晴葵。
「は? なんでだよ? さっさと次のデートの約束したほうがいいに決まってるだろ!」
「お前はもっと女心を学ぶんだな」
「うわっ! なんか腹立つな!」
ワンクッション置いてからのデートの誘い。
ガツガツしたところは見せないのが『ときラブ』流と俺は読んだ!
俺はノーミスでトゥルーエンドにたどり着いた男。
『ときラブ』マスターだと言っていい。
隠しスチルゲット!
「さて、夕飯の鍋を作るか」
ずーんと撃沈している晴葵を無視してキッチンに立つ。
一番大きい無水鍋を取り出した。
そして、冷蔵庫からセロリ。
パントリーからトマト缶、じゃがいもと玉ねぎ、にんじんを取り出して大きめにざくざくと切った。
野菜の上にコンソメキューブをいれる。
さらにお弁当ミートボールとウインナーを投入、火にかける。
これでよし。
蓋をして煮るだけけで鍋の完成だ。
今日はイタリアン鍋。
トマト缶という救世主がいてくれてよかった。
そして、無水鍋を買って正解だったな。
一時的な幻想とはいえ、健康になった気がする。
シメはチーズリゾットにしよう。
冷凍庫からピザ用チーズと白ご飯を取り出した。
後はワインを出し、ドライフルーツ、ナッツの盛り合わせを置く。
「よし、いい感じだ」
鍋の蓋をとると、野菜から水分が出ていいかんじに煮えていた。
完璧だ。
味を見てみる――少し薄めだった。
「これはまずいぞ……」
戦略ミスか?
俺は薄味でも平気なのだが、晴葵がうるさい。
冷蔵庫から魔法のソース、ケチャップを少々加えて調整する。
さらにおろしにんにく少しを加えるとお子様(晴葵)にもおいしくいただける味になった。
「ケチャップは間違いないな」
ケチャップを考えた人は天才だな。
感心しながら、ケチャップを眺めた。
「新織さん、本気で貴仁と付き合うつもりなのかなぁ~。俺から本心を聞いてみよっかな?」
「は?どういう意味だ」
「こんな変人より俺の方が、まともだと思うんだけど」
「どこがだ。今日の夕飯はいらないらしいな」
「いるっ! いるって!」
晴葵は慌ててテーブルに座った。
晴葵め。
人を変人扱いするな。
だいたいお前がハマってるアニメ『魔法少女☆ルン』なら許されるのか?
迫害されないのか?
奥川が女子社員から冷たい目で見られていたのを忘れたのか?
「新織から返事がきた。見ろ、晴葵!」
俺はスマホ画面を晴葵に見せた。
「『次の土曜日ですね。了解しました』って業務的すぎるだろ? 新織さんは上司の誘いを断れなかっただけで、パワハラかセクハラだとあっちは思っているかもなー。あー、可哀想だー。俺が相談のってあげよう」
「ふざけんな!」
「そうだ。パワハラとセクハラで思い出したけどさ。営業一課課長の|遠又《とおまた》課長がなにか企んでそうなんだよなぁ」
「ほう」
陰謀か。
いい響きだ。
わくわくするな。
「いや、貴仁。そんなキラキラした目をするなよ。ワクワクするような話じゃないだろ!? 貴仁の地位が危ないってことだよ!」
「俺に弱みはない」
「ま、まあ……。それならいいけどさ……」
晴葵は苦笑して鍋の中のミートボールを口にした。
トマト味に包まれたミートボールをうまそうに食べている。
――ふむ。俺の弱みか。
社内の上層部は、俺に従順な連中もいれば、まだ反抗的な一派もいる。
情報を得られたのはいいことだ。
今となっては、晴葵を従弟だと言わずにいてよかった。
人受けのいい晴葵をスパイとして利用し、俺が知らない情報も収集できる。
遠又か――もしや俺に反抗的な態度の敵対勢力、常務一派と手を組んでいるか?
それとも、仕事で足を引っ張る気か?
「面白い。遠又になにができるか、見せてもらおうじゃないか」
「完全にお前が悪役だな」
晴葵を言葉を無視し、暗くなった外を眺める。
窓際のダイニングテーブルからは、ビル群が見える。
夜は夜景が美しい。
夜景に目を細め、ワインを一口飲んだ――味わうように。