テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
芙月みひろ
5,379
#虐げられヒロイン
それからしばらく芳也の帰宅時間は遅く、家で食事をとることもほとんどなかった。
【先に寝てて】と届くメッセージの文字を見るたび、芳也のベッドに行く気にもなれず、ここ数週間麻耶は自分の部屋に閉じこもっていた。
朝は朝でバタバタと急いででて行く芳也を見送るぐらいしか麻耶にはできなかった。
会う事も、触れ合う事もなくなってくると、どんどん不安になり一人暗い部屋に入った途端涙が溢れた。
(あー、もう寝よう!)
ベッドに潜り込んだところで、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。
23時を少し過ぎていた。
(いつもよりは早い?ご飯食べたのかな……)
麻耶はいろいろと考えを巡らせたが、もしも、もしも本当に芳也に他に好きな人ができたと聞く可能性を考えると怖くてベッドから出ることができなかった。
ギュッとシーツを握りしめ、目を閉じて嫌な思考をシャットアウトしようとしていると、ドアが開く音がした。
ゆっくりと麻耶のベッドの側に来た芳也は、スルリと麻耶の横に滑り込むと、後ろから抱きしめて大きく息を吐いたのがわかった。
シャワーを浴びたばかりなのだろう、温かい身体と、乾かしてないのだろう髪から落ちた水滴が麻耶の首筋に落ちて、麻耶はビクリと肩を震わせた。
「麻耶?」
小声で呼ばれて、そっと麻耶は芳也の方を振り返った。
不安に揺れる麻耶の瞳を見て、芳也は
「どうした?なんでそんな顔してる?」
芳也はゆっくりと麻耶の髪を撫でると、笑顔を向けた。
疲労の色が濃く、疲れた顔をした芳也を見て麻耶は自分の不安な気持ちだけを一方的に押し付けて芳也の健康に気をつけなかった自分が、急に嫌になり「ごめんなさい」と呟いやいた。
「どうした?本当に」
久しぶりに感じる芳也の腕の中で、安心したのか麻耶の瞳から涙が零れた。
「芳也さん……好きな人できた?」
「……はあ?」
心底意味が解らないという表情を見せた芳也は麻耶をジッと見た。
「だって、こないだ綺麗な女の人とホテルに入るのを見ちゃって……それから毎日帰りも遅くて全然会えなくて」
そこまで言って、俯いた麻耶にようやく芳也は思い当たることが合ったのか、顔をしかめた。
「あの日……見ていたのか」
その言葉に、麻耶は芳也の肩を押すと、芳也の腕から逃れて反対を向いた。
「麻耶、不安にさせてごめん。きちんと話はするつもりだった。でもまだ曖昧で少し話が固まったら麻耶にも話そうと思ってたんだ」
その言葉に、とうとう別れの言葉を言われるのかと、麻耶はギュッと目を瞑った。
その予想とは反対に、ギュっと強く後ろから抱きしめられ麻耶はびっくりして目を見開いた。
「麻耶、お願いがあるんだ」
「なんですか?」
低い真面目な声で言われて、麻耶も擦れた声を出した。
「俺がどういう結論をだしても俺についてきてほしい」
「どういう意味ですか?」
「麻耶は俺が何も持ってなくて、社長でなくても好きになってくれた?」
その言葉に麻耶はカッとして、芳也を見た。
「当たり前です!私は芳也さんが社長だから好きになった訳じゃありません!優しくて、強くて、そして少し弱いところもある。そんな芳也さんだから好きになったんです!」
その言葉に芳也は嬉しそうに笑顔を見せ、
「麻耶、俺の好きな人は麻耶だけだし、絶対に麻耶を裏切るような真似はしない。ただ今麻耶に話して甘えてしまいたくないんだ。俺の思う通りにさせてくれる?」
麻耶はじっと芳也の瞳を見つめると、大きくため息をついた。
「解りました。芳也さんを信じます。けど、芳也さんは無理しないでください。芳也さんが体調を崩したらどうしようもないです」
「ありがとう」
これでもかと抱きしめた芳也に、「苦しい……」それだけを言うと、麻耶も芳也の背中に手を回した。
「芳也さんご飯は?」
「今は麻耶が欲しい……」
「ダメです!体が資本……んっ!」
「麻耶は足りない方が俺には問題だ……」
久しぶりに感じる芳也の熱に、麻耶も自ら芳也の首に腕を回すと芳也にキスをした。
毎日忙しく過ごすうちに、あっという間に明日、健斗と唯奈の式を控えて麻耶は最終確認に追われていた。
他のスタッフもいくら身内だけの式とはいえ、世界のミヤタグループの副社長の式という事で、VIP感が漂い緊張した空気が張り詰めていた。
「麻耶ちゃん、明日だね」
美樹も興奮したように声を掛けた。
「はい、ドキドキしますよね」
「だって、チラリとみたけど、副社長めちゃめちゃ素敵だよね!それに、新婦様もすごくキレイ。美男美女って言葉はあの二人にあるんだなって思ったもの」
うっとりした美樹に麻耶も頷いた。
健斗は芳也とは違うタイプだが、やはりすごく整った顔をしている。
そして、やはり笑顔が似ているなと麻耶は思う事があった。
「お色直しは1回?」
「はい、新郎様は白、カラー、色打掛をご希望されてたんですけどね。それに反してご新婦様は白だけで良いって」
苦笑した麻耶に、
「きっとあのキレイなご新婦様のいろいろな姿を見たいのよね」
「そうだと思います。結局間を取って、白と色打です」
手元の進行表と、発注リストを再度確認して時計をチラリと見た。
「事前搬入にもうすぐお見えになると思います」
「そうなんだ。いってらっしゃい」
「はい」
麻耶は席を立つと、エントランスへと向かって歩き出した。
(芳也さん……どうするつもりだろう?)
もちろん、芳也と健斗が兄弟という事も、麻耶と面識があることも麻耶は他のスタッフには話していなかった。
当たり前だが、社長と恋愛関係にあるとは到底言える訳もないし、隠し通さなければいけないと麻耶自身思っていた。
いつまで隠し通せるのか、これからの将来に不安を感じることもあったが、今が幸せなのだからと麻耶はその事については考えないようにしていた。
しかし席次表も誰にもみせてはいないし、見たとしても気づかないとは思うが、親族のテーブルに芳也の名前も入っている。
当日顔を見れば社長と気づかない訳がない。
(もうわかっても問題ないのかな。実家とも和解したし……)
そんな事を思いながら麻耶は唯奈の到着を待っていた。
搬入も無事終わり、芳也は今日も遅くなるようで、明日があるから先に寝てろよとの言葉に、麻耶も素直に先にベッドに入り深い眠りに落ちた。
式当日は、寒い日だったが快晴で青空が広がっていた。
マーメードラインのウェディングドレスに、マリアベールの唯奈は息を飲むほど綺麗で、列席者から感嘆の声が漏れた。
大聖堂に響く聖歌隊も、パイプオルガンもどれも素晴らしく、過去を知っている麻耶は担当しながら涙をこらえるのに必死だった。
そして、もちろん社長の姿を列席者の中で見たスタッフは驚いて目を見開いていたが、始も今日はVIPという事で式全体を統括しており、始の「仕事をしてください」の一言で何事も無かったように式は進行して行った。
友人たちに囲まれた二人はとても幸せそうで、会社の副社長と秘書のような堅苦しさは全くなく、主賓の挨拶の代わりに友人のスピーチがあり、余興も多く入っていた。
お色直しも無事終わり、いよいよクライマックスで新郎の挨拶の場面で健斗がマイクを握った。
「本日はお忙しい中私達二人の為にお集まりいただきありがとうございます」
お決まりの挨拶で始まった健斗のスピーチだったが、さすが大企業の副社長という事もあり堂々として、風格があり圧巻の挨拶だった。
「最後に、今日を迎えるにあたり、携わって頂いたスタッフの皆様ありがとうございました。そして私の大切な弟を支えてきて頂いた皆様にお礼を申し上げます。最後に私の自慢の弟が思いを込めて作りあげたこの式場で晴れの日を迎えられたことを嬉しく思います。ありがとうございました」
唯奈とともに頭を下げた健斗に盛大な拍手が起こった。
そんな芳也に麻耶はチラリと目を向けると頷かれ為、芳也の元へマイクを持って向かった。
「このような形でお話するつもりはなかったのですが……」
そう前置きをして少し涙目になった芳也に、麻耶は微笑んで頷いた。
「まず、弟として兄の結婚式にお忙しい中足を運んで頂きありがとうございました。このような温かい式をすることができ親族代表としてお礼を申し上げます。そして、この会社の代表と致しまして、本日は私共のアクアグレースAOYAMAをお選び頂き誠にありがとうございます。至らない点もあったかと思いますが、スタッフ一同心を込めて本日まで準備をしてまいりました。楽しんで頂けましたら幸いです。本日は誠にありがとうございました」
盛大な拍手が送られ、その後の唯奈の両親への手紙で無事感動のまま式は終わった。
「麻耶ちゃん!お疲れ様!サプライズだらけだったね!社長が出席とか!麻耶ちゃんは知ってたんでしょ?」
美樹の言葉に、その事は隠すことはできず、
「ハイ……すみません。一応当日までは内密にとの事だったので」
「そりゃそうよ。だって社長が列席なんて知ったら、もっと大騒ぎだったものね。まあ、最初でびっくりはしたけど」
フフッと笑った美樹に、麻耶もホッとした表情をした。
「でも、やっぱり噂通り社長は御曹司だったんだね……。さらに人気でちゃうかも。麻耶ちゃんしっかりね!」
「え?え?美樹さん?」
「なんでもないわよ。独り言」
美樹の姿を追っていると、事務所が静まり返った。
「注目!」
始めの声で、事務所内にいたスタッフは全員一斉に立ち上がり、現れた芳也を見た。
「今日はいきなりの事で驚かれたと思いますが、本当にご苦労様でした。私の家族の式を素敵な物にしてもらい感謝しています。これからももっといい式ができるよう、よろしくお願いします」
「はい!」
「うわー!社長久しぶりに近くで見た!素敵~」
今日の担当ではなかったスタッフや、他の部署のスタッフなど50名ほどいた事務所は急に社長の話でもちきりになった。
そんな声を聞きながら、始とともに事務所を出て行った芳也の後姿を麻耶も見送った。
(社長になると遠いな……)
常に付きまとうこの距離に麻耶は心の中でため息をついた。
(あっ!美樹さん!)
さっきの美樹の言葉の真意を確かめたかったが、美樹はもう事務所にはいなかった。
更衣室で着替えながら、携帯を確認すると、芳也からメッセージが入っていることに気づき慌てて麻耶はアプリを開いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!