ゆっくり朝寝を堪能した日曜日。絵里香は前もって休みを取っていた。ずっと日曜日はパート勤務することが多い。絵里香の働くパートさんは日曜日を休みにすることが多い。1番稼ぎ時なのに、学校の行事や習い事、ただ単に休みたい。
いろんな理由でいつも絵里香が尻拭いするように勤務していた。
店長の加藤に相談して、先月、たまには日曜日休ませろと希望休を取っていた。
無理やりでも取ってやると決めていた。
学校も幼稚園もない。晃ももちろん、仕事が休み。
こんなにまったりのんびりした日が何年振りだろう。
子どもたちはいつの間にか、日曜日にも関わらず、早く起きて、好きなアニメを鑑賞していた。
両親は、ベッドの中でまだ夢を見ていた。
時刻は午前8時。
仕事がある日は午前6時に起きて、掃除、洗濯、ご飯作りを済ませてから出勤していた。
何年もしたことない腕枕で寝て、気づいたときにはかなりの痺れで動かせなくなる晃。
絵里香は腕をさすって治そうとするが 余計痛くなる。
別部屋に子どもたちがテレビ見てるのを気づいていた晃はベタベタくっついてくる。
「いや、もう、朝だし。子どもたち起きてるから!」
「いいじゃん。わからないから。バレないバレない」
「やめれ~~~」
足で晃の腹を蹴飛ばす。朝からのんびりした時間が台無しだ。もう少し寝ていたかったのに。せっかくの雰囲気が台無しになった。晃はシクシク泣きながら、電子タバコを吸いにベランダに出た。
朝に夫婦が仲良しするとメリットがたくさんあるとか言う。
ネットニュースでたまに見る。朝立ちするから楽ちんだとか短時間で済ませられるとか。感じ方が夜より断然違うとか。1日をハッピーに過ごせるとか。疲れも取れるっって言う。セックスレスの解消は朝に……と書いてあるのを見てしまう。
分かっちゃいるけど、踏ん切りがつかない。
子どもたちが起きてると思うとヒヤヒヤして、気持ちが落ち着かない。
絵里香はそういうところは神経質だった。
(私には無理だ。朝は……。夜でも疲れてて時間を取るのも億劫。歳なのかな……。いや、でも龍の時はいつでも良かったけど。あいつは若いから平気なんだ。夫って分かってるからか。いかんせん、生活態度を見て毎日、ときめかない。この考えが間違っているのか)
絵里香はため息をつく。ベッドの脇にある付き合いたてに昔撮った写真やプリクラを眺めると本当にラブラブで幸せそうな
顔をしている。あの頃の自分に戻りたい。
恋愛と結婚って違う。生活が見えないから何をしても好きになれる。
それこそ、顔やスタイルが良いだけでずっと好きになれたりする。
晃は世間一般に見たら、確かに美男と言ってもおかしくないし、学生時代はモテていた。
本人は気づいていない。
そんな人と付き合えるなんてって思って最初は嬉しかったけど、長く付き合いすぎて良いところよりダメなところばかり
目につく。
どうして、臭い靴下とか臭いシャツとかおならとかお箸の使い方が、食べ方、
喋り方、考え方、金銭感覚とか。交際してる時より目についてあれ、この人で合ってたかなって疑問を感じる。
外面が良くなりすぎて、家庭をおなざりにしてきたのはここ最近。
課長の肩書きを持ち始めてから。
確かに上司は部下をしっかり見ないといけないのはわかるけど、親切すぎるし、お人好しすぎる。
ダメだ、良い方向に考えないと。
絵里香は気持ちを切り替えて、プロポーズされた時の気持ちを思い出した。
確かにあの時は幸せの絶頂だった。
結婚したいと同じ時期に思っていた。
色々、あるけども、初心は忘れないであの時の気持ちずっと持っておいたらきっと大丈夫。
心にそう決めて。
「うん。ねぇ、晃!!」
ベランダの窓を開けて、落ち込みながら電子タバコを吸う晃を
後ろからプロレスをするように首を腕でがっつりつかんだ。
「いや、ギブギブ!苦しい」
手で何回も絵里香の腕をたたく。
バックハグしたつもりだった。
「あ、ごめん。力入りすぎた」
加減がわからなくなっている。
苦しくなって、おえーとかがむ晃。
横に同じように座った。
左肩に人差し指をつきさすように置いておくとまんまと頬がぶすっとささる晃。
「なに? 小学生?」
不意打ちに絵里香はキスをした。電子タバコのフレーバーの匂いが漂った。
「子どもたちいるから嫌なんじゃないの?」
不機嫌そうに言う。
「おとぎ話でもシンデレラや美女と野獣もキスするでしょう。それくらいならいいじゃない。見られても仲良しなのって言えるでしょう」
晃は頬を膨らませた。
「んじゃ、もう1回していい?」
「うん」
ベランダに隣同士に座って、晃は後ろに両手をついて、絵里香は両膝を抱えて座ってもう1回、キスをした。
何回も絡めてあたたかくてほっとした。
高校生の頃を思い出して過去の自分を憑依させた。
あの頃は純粋で何かもが新鮮だった。
当時を思い返したら、ほんの少し晃へのドキドキが戻ってきた気がした。
この気持ちは忘れないようにしようと思った。
****
「今月いっぱいで退職させてください」
絵里香はパート勤務の月曜日、出勤してすぐ店長の加藤のデスクに退職届とともに言った。
「え、いや、本当、急なんだけど」
「急で申し訳ありませんが、そういうことですので、よろしくお願いします」
他人行儀のように絵里香は、バックヤードから出ようとした。走って着いてきた加藤は、絵里香の腕をがっちり掴んだ。
「ちょ、待てよ!!」
「はい。店長、どうかなさいましたか?」
「いや、その言葉、やめて。まるで他人みたい。他のスタッフいないじゃん」
「いつ、どんな時に誰かに見られているかわかりませんから。仕事がありますので」
まるで、スマホに搭載されているAIロボットのように話す絵里香。
「ねぇ、ちょっと、やめろって言ってるじゃん。それ」
ため息をついて、元に戻す。
「だから、何?」
「いや、こっちのセリフだし。急に辞めるとかマジで辞めてくれない?」
「なんで、今月末までって言ってるでしょう」
「それでも……あのさ!!! 俺、あんたにどれだけお金と時間費やしたと思ってるの?」
「は?」
「返せよ、時間とお金」
「どうやって?」
「無理だろ? そんなの」
加藤は絵里香を壁に追い詰めた。壁に手をついて顔を近づける。
加藤の企みはベテランである絵里香を辞めさせないという目標があった。
「絶対辞めさせない。あんたの人生、めちゃくちゃになってでも働いてもらう」
「どうするっていうのよ!?」
加藤はスマホからある写真を見せつけた。絵里香が寝ていた時に隠し撮りしたであろう半分裸の写真だった。
「これをばら撒かれてもいいんだな? 不倫中ですって文字も書いてあげようか。学校や幼稚園の先生や保護者の人が知ったらどうするかな」
最後の切り札のようにずっと保管してとっておいたようだ。
「やめて!! 絶対いやだ。いますぐ消して。その写真」
スマホを取り返そうとしたが、背が高くて届かなかった。
バックヤードから外に続く扉を開けて、逃げた加藤。絵里香は追いかける。
「絶対やめてよ。お願いだから消して!!」
手でスマホを高く上げた。
「ここで消してもパソコンにも保存しているから意味ないぞ」
駐車場近くにあった外扉で絵里香は必死で加藤のスマホをとろうとした。
晃は退職届をあの店長はきっと拒むだろうともくろんで、仕事に行くと嘘をついて絵里香の職場に様子を見に来ていた。
ちょうど、駐車場に停めていた車から2人が揉めているのが見えて、バタンと車のドアを閉めて、スーツのまま、加藤のそばまで駆け寄った。
「往生際が悪いんだよ!!!」
その言葉を発しながら、加藤の左頬を右拳で思いっきり殴った。
勢い余って体が数メートル飛んでいった。
加藤が持っていたスマホも飛んでいった。
「ん? え? なんで、ここに」
ネクタイが振り切って肩に上がったのを元に戻した。
着ていたワイシャツとジャケットを整えた。
「あ、晃、仕事は?」
晃は足元に落ちた加藤のスマホを拾った。
加藤に絵里香がスマホを見せろというような動きを見せていたのを車から見えていた。
「俺のことはいいんだよ。ほら、何か撮られたのか?」
「何か、私の写真撮ったらしくて、学校や幼稚園にばら撒くとか脅された。退職届も受理してくれないのよ」
絵里香は適当に加藤のスマホのパスコードを入力したら、3回目になる前に解くことができた。
「なんで、龍も簡単なパスコードなわけ? あんたらバカなのか」
絵里香はスワイプして、写真の確認したら、3枚ほど見られてはいけない写真があった。
「うわ、随分と生々しいな。知ってはいたけど俺、超ショックなんですけど……」
「ごめんごめん。見なかったことにして」
「いや、そんなあっさり流せないつぅの」
「大丈夫、大丈夫。晃の事後であろう写真も見てるからお互い様だから」
「は?」
(どこまで見てるの? 小松との写真なんてあったかな)
晃は改めて、自分のスマホの写真を確認した。
「これとこれを消して……。あ、でもだめだ、あいつパソコンにもあるって言ってた。無理かも……」
「恐喝だな。訴えてもいいんだぞ」
殴られた頬をおさえて、加藤は起き上がった。
「威勢がいい旦那様ですね。恐喝? 人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。僕はただ、このスーパーを支えているのは絵里香さんですから、今、辞められた困るってお話で。たまたまこの写真があったってだけの話ですし、別にこの写真をどうこうするつもりはありませんよ」
「絵里香、もう、良いから。こんなところ辞めよう。いますぐ」
晃は絵里香の肩をおさえる。
「今、辞めても退職金なんて出さないからな!!」
そういうことを言えば、やっぱやめるとでも思っているのか。
「金なんていらないわ!! あんたにくれてやるわよ」
そう吐き捨てて、絵里香は晃の車に乗り込んで、走り去っていった。
無意識に晃の車の助手席に乗って進めたが、自分の車が職場の駐車場にあることを思い出し、方向転換して、自分の車の場所まで移動してもらった。
「晃、このまま職場行くよね」
「あ、ああ。今日は少し遅れて出勤するって会社には言ってたから」
「私のこと気になってたの?」
「うん。辞めるって言ってもあいつは簡単には辞めさせないだろうなとは思ってたから……。俺、来てよかったな」
「ありがとう。でも、あの写真、ばら撒かれたら……。まだパソコンにデータが残っているかも、どうしよう」
「そしたら、その時に考えよう。俺に良い考えがあるから」
鼻のしたをこする仕草をして、晃は職場へ向かう。
とりあえず、絵里香は家に帰ることにした。
平日の日中にゆっくり過ごせるなんて幸せだと感じていた。
店長の加藤は左頬の切れた口から出る血をティッシュでおさえた。
「ちくしょう。パソコンにデータを残しておいてよかった。俺を困らせた代償は大きいぞ」
パソコンの写真を文書にあてはめて『ただいま不倫をしています』の文字を写真の中央に貼り付けた。
「これでよし。データを学校や幼稚園に送れば、噂が広がるだろう。俺に恥をかかせた罰だ」
加藤は嘲笑った。A4用紙によくない写真と不倫中の文字が浮き出てくる。
まさかその文書を広めるとは思っていなかった。
榊原家にとって史上最悪の出来事になるとは夢にも思わなかった。
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