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『お手つき』になった女は、みな一様に魔界に攫われる。 そして、教会に申請しなければならないのがルールとしてある。
レーナの住まうトート村にある小さな教会の神父セイに申請してあるので問題ないのだが、教会はさらに上の中央教会、国王が住まう王都にある聖教会、最後に国王へと繋がなければならないのだ。
国王に話が行き、魔族の王──つまり、ノアの父のゴーサインをもらって初めて『お手つき』が成立するのだ。
昔なら即攫われていたのだが、昨今では人権問題やら戸籍の問題やらでそうはいかなくなった。ノアが即魔界に行かなかったのは、そういうこともあるからである。
「そうなの!?」
「あなた、一体学園で何を学んでたのよ」
ノアは呆れたようにレーナを見やる。
魔族のノアは知っていて当然なのかもしれないが、魔女とはいえただの人間で、おつむの弱いレーナはそこまで考えが至らなかったのである。
「魔女になることだけを勉強して、魔界のことは全然知らなかったです」
「まあ、そうでしょうね」
レーナがあまりにも魔界の知識が乏しいのでノアによる魔界講座が始まったのだが、生徒があまりにも知識に対して欲がないので先生はほとほと呆れていた。これでよく卒業できたなと思ったが、それは言わないでおいた。
そういえば、とノアは何かを思い出したように語り出した。
「今だから言うけれど、この国から王女の輿入れの話が持ち上がってたのよ」
「そうなの!?」
「さっきも見た反応ね」
「それで、どうなったの!?」
マイラ国の王女とノアの縁談が持ち上がっていたというとんでもない事実に、鈍器で頭を殴られたような強い衝撃が走る。
続きを聞きたくないけれど、今のノアが自由であることから彼を信じたい。
「心配しなくても大丈夫よ。王女は秘密の恋人がいたらしくてね、その彼と行方を眩ませたわ。現在マイラ国王室が追手を派遣しているけれど、今日まで捕まらないあたり遠いところへ逃げたでしょうね。海をまたいだ遠い国に」
「そんなことがあったんだ……」
レーナがノアを召喚する前にあった出来事だが、自分以外のひとと結婚するかもしれない未来が存在していたということに嫉妬する。王女様に恋人がいてよかったと不敬なことを考えながら、胸を撫で下ろす。
「まあ、この国の王室はいい話を聞かないし、父も母も姉も家臣もほっとしているわ」
ノアの家族だけではなく家臣にまでそう思われているとは、マイラ国の王室とやらは複雑怪奇のようだ。
今まで他人事だと思っていたが、こうしてノアと関わるようになりいずれ外交などもするようになるのだろう。そうなった時、今みたいに村娘の感覚でいてはならないと己を戒めた。
「……この国の王様、お妃様がいっぱいいるもんね」
「そうね。でも安心して、魔族は命が長いから一度惚れた相手にはずっと一途に愛するから」
「長命種なのは知ってるけど、具体的にどれくらいなの?」
「それこそ種族によるけど、平均で三百年くらいね」
「そんなに!? ……待って、ノアが三百年生きるなら、あと二百八十年近くあるってこと? 私は人間だから長生きできたとしても八十年くらいしかいられないの……?」
およそ百歳くらいまで生きると算段をつけるレーナも大概である。
確かにレーナならそれくらいは長生きしそうだとノアは思ったが、またしても口にはしなかった。
「ああ、それなら大丈夫よ。『お手つき』になった女は、相手の魔族と同じタイミングで死ぬから」
「え? 呪い?」
「失礼ね、これは『魔族の寵愛』といって、古来から続く特別な魔法なのよ」
ノアは遺憾だというように、すぐ抗議した。
『魔族の寵愛』だなんて初めて聞くレーナは、本当に知識が乏しいのだと思い知らされて落ち込んだ。お情けで卒業させてもらったことを思い出し、余計に落ち込む。
「そうなんだ……」
もはや同じようなことしか言えなくなったレーナは、それでもノアの話を真剣に聞いた。ポンコツはポンコツなりに努力しようと心に決めたのだから。
「ちなみに、魔力が高ければ高いほど長生きするから、アタシはあとおよそ五百年くらい生きることになるわね。そして、魔族は基本的に老けないから、ずっと美しい時分のままでいられるわ」
「わあ、マダム達が喉から手がでるほど欲しいやつだね」
「……レーナは、長く生きることに耐えられる? やっぱり普通の人間と恋がしたかったって思う?」
落ち込んでいたところで爆弾発言を投下された。レーナは『お手つき』になってしまったポンコツ魔女だが、ノアとの出会いは人生でなくてはならないものだと思っている。
大好きなひとにそのようなことを言われて悲しかったし、怒りたくもなる。
「どうしてそんなこと言うの? 私はね、家族がいてくれならそれだけで幸せなの。ノアは私に家族を作ってくれるんでしょう? こんなに幸せなことはなかなかないよ。友達を見送ることになるのは寂しいけど、私はもうノアのものだから今さらどうこうしようなんて思わないよ」
レーナの怒りと深い愛を察してくれたのだろう、ノアは「失言だったわ、ごめんなさい」と謝ってくれたので、今回は許すことにした。
「次はないからね」とレーナは念を押すと、ノアも承知したらしく「二度と言わないわ」と約束してくれたので、よしとする。
「アタシ、レーナの召喚に応えてよかったわ」
「こちらこそ、私の声を聴いてくれてありがとう」
「ところで、『お手つき』にすることと魔族の召喚が禁止されてないのはどうして?」
「レーナは本当に魔界のことを知らないのねぇ」
ノアは呆れつつもレーナに説明してくれた。
そもそも魔族はその名の通り魔力が強く、力が高いことからそのような名前がついている。
魔力の塊を『魔素』というのはこの世界で生きる者にとって常識である。その魔素が魔獣を発生する原因であることから、魔界に魔獣が発生しやすいのだった。
魔素を抱えたままだと魔獣を発生させる要因になりかねない。
だから、人間の召喚に応じ魔法を使うことにより魔力を発散させるのだ。
『お手つき』の多くは貴族がすることが多かった。元より人間より魔力が高いので、分不相応なことをすれば逆手を取られるということ。
そもそも魔力が召喚者よりずっと上の場合、召喚そのものをキャンセルできるのだ。
ノアも最初は無視するつもりだったのだが、自分を見つめる青い瞳があまりにも眩しかったので、気づけばそのまま召喚されていたというわけである。
現代において『お手つき』が罷り通るのは、魔素を大量に発散できるからだ。
つまり、魔界で魔獣を発生させないために許されているのだ。
「……というわけよ。納得するのは難しいでしょうけれど、この世界のルールとして理解はできたかしら」
レーナは黙って頷くことしかできなかった。
人間と大きく異なる性質を持つ魔族のひと達は、どうしても魔素が多いため命に関わってくる。
レーナは己の過失で『お手つき』になったし、その結果ノアと恋仲になることができたのでよかったと思うことにした。
ノアとレーナは無事恋仲になれたが、みんながみんなそうとは限らないのだろう。難しい話である。
「そうだ、どうして『お手つき』が『魔族の寵愛』と呼ばれるのか、ちゃんと意味があるのよ」
その昔、傲慢なロイドという魔人の男がいた。
ロイドは己こそが最強と謳い、人間からの召喚を無視し続けた。
しかし、魔素は力を使わないと発散されないので、体内で魔素がたまり続けた結果、ロイドは魔素に取り込まれ魔獣になってしまったのだ。
最強と謳っていたロイドはまさしく最強だった。魔界を破滅へ追い込もうと三日三晩暴れ、このままでは魔界が破壊されかねないというところまでいった。
そんな状況で戦いに名乗り出たのはアーサーという魔人だった。一日中ずっと戦い続けたアーサーとロイドは、僅差でアーサーが勝ったのだ。
たくさんの魔族達はアーサーに感謝し懸命に治療を施すが、魔獣ロイドと戦ったがために身体中魔素が纏わりついていた。
そして、アーサーは言った。「私を殺してくれ」と──。
みなは英雄を殺せないと拒否をしたが、その時とある魔女がアーサーを召喚したのだ。アーサーはこのままでは人間界にも被害が及ぶと召喚を拒否をした。
召喚主は濡れ羽色の髪色に漆黒の瞳で真剣な表情をしていたのが見えた。アーサーは何が彼女をそこまで必死にさせているのか妙に気になったのだ。
またしても彼女に召喚されたアーサーは、力が尽きかけていたので拒否できなかった。人間界に召喚され、一体何を手伝って欲しいのか問う前にアーサーは理解した。目の前の村と思しきところが炎の渦に巻かれていたからだ。
「私はアリッサ! お願い、村の火を消して欲しいの!」
アリッサが真剣な表情をしていたのは、この炎を鎮火してほしいからだと──。
このままでは村そのものが消滅して、多くの人間が命を落とすことになる。
そう考えたアーサーは、最期の力を振り絞って大いなる海の水を魔法で呼び寄せたのだ。
すると、一瞬で火事は鎮火したが、身体から魔素が減少していることに気づいた。
「あなたはアーサーというのですよね? 召喚に応えてくれてありがとうございます。まだ魔力は残っていますか?」
「──ああ、残っている」
「それならば、村人達の治療もしてくださいますか?」
「分かった」
「ありがとうございます! 私は魔女ですが、治癒の魔法が使えなくて……」
「問題ない、全て私が引き受ける」
百人ほどの村人を全快させると、アーサーの身体に纏わりついていた魔素がすべて消失し、身体も元通りになっており、英雄アーサーは人間界でも英雄になったのだ。
「魔女アリッサよ、あなたは私の女神だ。どうか私の妻になって欲しい」
「私達は英雄であるあなたに助けていただいたのです。それがあなたの望みなら、喜んで求愛を受けましょう」
そして、アーサーはアリッサを連れて帰り、言葉通り妻──王妃にしたのだ。
『お手つき』になった魔女アリッサは、魔王になったアーサーから深く愛されて長い生涯を常に寄り添って生きたという。
かくして、『お手つき』は『魔族の寵愛』といわれるようになったのだ。
「アーサー王とアリッサ王妃はノアのご先祖様ってこと?」
「そうね、アタシの曽祖父と曾祖母の話と父から聞いたわ」
「そうなんだ、やっぱり長命種だと関係性も近くなるんだね」
「そういうことになるわね。心配しなくても大丈夫よ、アタシがずっとずっと愛してあげるわ」
「私も、その、あ、愛してるから……」
尻すぼみとなったが地獄耳のノアはきちんと聞き取れたようで、触れるだけの優しいキスをしてくれた。
そこでふと疑問に思うことが浮かんだ。魔界の王族にだけ許されたことがあったはずだ。
「でも、待って。確か、王族に限り魔獣から魔素を抜いて愛玩動物にできるんだよね? どうしてアーサー王は王族なのにできなかったの?」
「戦いながら常に魔素が纏わりつくのよ? いくら曽祖父が豪傑でも、そこまでできなかったから瀕死に近い状態になったと思うわ」
ノアの言う通りである。命を懸けて戦ったひとに対して失礼なことを言ってしまったとレーナは反省した。
「……そっか、そうだよね。考えなしに聞いてごめんなさい」
「気にしないで、魔界に興味を持ってくれたことの方がよほど嬉しいわ」
魔界の知識がゼロに近かったレーナが、ちょっとしたことでも魔界のルールを覚えていてくれたことが嬉しかったノアは、レーナの頭を優しく撫でて嬉しいという気持ちを伝えた。
「それにしても、魔王を二回も召喚するなんて、アリッサ王妃はすごい魔女なんだね」
「曾祖母は、とても力の強い魔女だったと聞くわ。それとね、レーナと同じく絵を描くのが得意だったそうよ」
レーナは絵を描くのが好きだ。
だから、正確に魔法陣を真似て描くことができたし、ノアとの出会いに繋がる。
絵が好きでよかったと今ほど思ったことはない。
「正確な魔法陣が描ければ成功率が上がるもんね」
「そういうこと」
魔族の成り立ちのようなものを聞いて、レーナは自分とノアの関係性がアーサーとアリッサに近いものを感じた。運命の出会いはそこかしこに散らばっているのだ。
「なんか、アーサー王とアリッサ王妃の話、ちょっと私達に似てるね」
「それはアタシも思ったわ、なんだかロマンチックよね」
「うん、すごく素敵」
それから間もなくして正式に申請が通り、正真正銘『お手つき』になったレーナは、いつでも好きな時に魔界と人間界を行き来できるようになった。