テラーノベル
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「ふーん。バカにしてる?」
「ち、違…っ、!そんなつもりじゃなくて…あ、えっと…っ、ごめ」
慌てて首を振る僕を見て、今度は天馬くんが腹を抱えてクスクスと笑い出した。
「冗談だって。慌てすぎ」
その笑い声は、かつて僕を追い詰めた嘲笑とは決定的に違っていた。
温かくて、少しだけくすぐったい。
それが不思議と嫌じゃなかった。
◆◇◆◇
───鉛筆の音だけが、静かな教室に響き始める。
窓の外は少しずつ、熟した果実のような夕焼け色に染まり始めていた。
僕はいつの間にか、周囲の喧騒も
向かいに座る天馬くんの存在すらも忘れて、目の前の「白」に没頭していた。
貝殻の窪みに落ちる影。
石灰質の表面に踊る、光の微かな反射。
白の中に隠された、海の色を思わせる薄い青。
紙の上を鉛筆が走るたび
平坦な白の世界に、確かな奥行きが生まれていく。
その時だった。
「……え」
ぽつり、と。感嘆とも溜息ともつかない声が、正面から落ちてきた。
はっとして顔を上げると
画板を抱えたままの天馬くんが、食い入るように僕の手元を見つめて固まっていた。
「…へ、変かな……」
「いや……」
彼は吸い寄せられるように、僕のスケッチブックへ視線を戻す。
「……めちゃくちゃ、綺麗だなって」
どくん、と。
心臓が大きく一度だけ跳ねた。
「てか、本物にしか見えないわ。どうやって描いてんの?これ。魔法みたい」
天馬くんは、演技ではない素直な感銘を瞳に宿して、独り言のように呟く。
「この影の感じとか、光の透け方とか……」
「……っ」
褒められることに耐性がない僕の胸は、行き場を失って、ただひたすらに落ち着かない。
「そ、そんな…ただ、見たままを、描いてるだけ……だから」
「いや、ほんとに」
天馬くんはさらに身を乗り出して、僕を、そして僕の描いた貝殻を見つめた。
「水瀬の絵ってさ、なんていうか…ちゃんと“好き”が入ってるよな。だからこんなに、見入っちまうのかも」
その言葉に、息が止まった。
ちゃんと、見えてるんだ。
僕がどれだけ心を込めたか、どんな風に世界を見ているか。
かつては「キモい」と一蹴され
誰にも理解されないと諦めていた僕の内側を、この人は当たり前のような顔をして受け取ってくれた。
「……てか水瀬ってさ、なんでも描ける派? こういう静物以外も」
「う、うん……大体、は。でも、そんな大したものじゃないし……」
「それって、例えば?」
「…お菓子とか、動物とか。あと、人も、たまに……」
「マジで?いや、絶対うめーわ。想像つくもん」
夕焼けの光が、天馬くんの笑顔をいっそう深く、黄金色に縁取る。
彼は少しだけ居住まいを正すと
いたずらっ子のような、それでいて真剣な眼差しを僕に向けた。
「なあ、水瀬。頼みあんだけど」
「な、なに……?」
心拍数が再び上がる。
「……水瀬の絵、もっと見せてくんない?隠してるやつとか、これから描くやつとかさ」
その一言が、夕暮れの美術室に静かに溶け、僕の胸の奥底へと深く、深く沈んでいく。
見せるのが、あんなに怖かったはずなのに。
自分の一部を晒すことが、耐えがたい苦痛だったはずなのに。
どうしてだろう。
この人になら、見せてもいいのかな、と。
「……僕で、よければ」
言葉にするより先に、この人に見てもらいたいと思ってしまった。
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