今日は朝から雨が降っていた。冴子は昼から仕事に出かけるので、午前中は家で比較的ゆっくりと過ごす。
朝一番の良彦からのメールは『今日は雨。でもがんばろうね!』だった。基本的に優しい人だ。だから余計に悲しくなる。と同時に、きっとうまくいくと思えてくる。
3日後に会う約束をしていた。梅雨時なので、あんまり外出したくはないけれど、そろそろOKしなければというインスピレーションで、冴子は良彦からの再三のデートの誘いを受けることにした。
良彦はその日を待ち望んでいた。逢えると思うと、それだけでハッピーだった。彼は加奈子に完全に恋をしていた。話し方、歩き方、表情、頭のよさ、すっきりと整った顔、スタイル・・・すべて好きだった。『恋は盲目』という言葉は、こんなときに使うのだろう。
この前のデートの日、もう少しでキスしてしまいそうだった。公園のベンチに座り、いろんな話をした時のこと。二人は肩と肩が触れ合うほどとても接近していた。冴子のつけている香水のほのかないい匂いがした。良彦はくらくらっとして、心臓の鼓動が早くなるのを抑えることができなかった。そして、もう少しで、冴子の、いや、加奈子の唇にキスをしそうになった。でも、ちょっとためらいがあったので、実現には至らなかった。その日から約2週間、良彦は、その余韻に浸りながらも、もう少し勇気があったら、と自分の弱さを後悔して過ごしていた。今度こそ、今度のデートの時こそ・・そんな気持ちで一杯だった。
冴子からすれば、そんな良彦の行動は、その日すでに気づいていた。そんな簡単にキスされては、と、うまくかわしたのだ。でも、そういう風には見えないように、ごく自然に、すっと身をかわした。きっと良彦にはばれなかったはず。でも、その雰囲気たるや、期待感一杯。冴子はとても大切な人も見るような目で良彦を見つめた。(あなたは大切な人。私を変えてくれる人なのだから。そしてあなたも、一緒に変わるの。私と一緒に変わるの。)
今度のデート、冴子はちょっと気乗りがしない。でも、前に進むしかないのだ。自分から仕掛けたほうが、もしかしたらいいかもしれない。そのほうが、相手に達成感を与えなくてすむような気がする。冴子もこの2週間、良彦とのデートをいろいろとシュミレーションしていた。待ち合わせ場所は、有楽町のマリオン。本当はあまり気乗りがしないのだが、一緒に映画を見ることにした。お決まりのデートコース。そしてそれが最短コースかもしれない。
雨は少しやんできた。こんなときは、傘を持たずに出かけてしまうことが多い。そして後で後悔するのだ。それでも今日、冴子は傘を持たずに仕事に出かけることにした。
玄関を開けて、一歩外に出る。そして、今にも泣き出しそうな空を恨めしそうに見上げながら、確かあの日もこんな天気だったと、3年前の出来事を思い出しては唇をかみしめた。
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