「ただいま~」
「おかえりなさい!」
帰宅した悠真くんを迎えるのはなんだか新婚さん気分だ。
しかもその気分を盛り上げてくれるのは、悠真くんがしてくれる「ただいま」のキス。
さらにそのキスは唇へ軽くした後、両方の頬にもしてくれるのだから!
もう玄関でへたり込みそうになる。
それをなんとか堪えて。
悠真くんがシャワーを浴びている最中に、夕ご飯をテーブルに並べた。シュガーは先にご飯を終え、顔を洗い、自身の毛のお手入れに余念がない。日中もブラッシングしてあげたが、シュガーの毛は冬毛なのでもこもこだ。
お土産で悠真くんが買ってきてくれたのは、たい焼き! 和食を用意したので、これは食後のデザートにぴったり。
夕食をテーブルに並べるのはすぐに終わった。
あとは悠真くんが戻るのを待つのみ。
別に私の部屋のシャワーを使ってもらって構わないのに。悠真くんは荷物もあるからと自分の部屋に戻り、シャワーを浴びている。
悠真くんが来るまでスマホを確認。
「あ!」
当然なのかもしれない。
だって個人名が聞こえる状態なのだから。
野堀のコーヒーぶっかけ動画は削除されていた。
そこでチャイムが鳴る。
悠真くんだ!
玄関に迎えに行くと、再びの「ただいま」のキス。
キスの後にぎゅっと抱きしめられると、悠真くんが使っているボディソープだろうか? いい香りがする。
スウェット姿なのに、このボディソープのおかげで、悠真くんはとんでもなくセクシーに感じてしまう。
その後は動画が削除されていた件を話しながら、夕ご飯を食べることになった。
「マネージャーさんも自身の仕事とは無関係でやっている個人のアカウントで、個人情報が晒されていますよ、って動画の運営会社に通報したって言っていました。多くの人からの通報を受け、動画は削除になったのでしょうね。後、間違いなく、野堀というコーヒー女自身も反応したと思いますし、今頃動画の配信者も野堀も猛省でしょうね」
野堀も動画に書かれたコメントを見て、反省したということね。
動画配信者も個人名の消し忘れを猛省と。
そこで悠真くんは、改めて私に尋ねる。
「あの動画の男性が、僕じゃないかって発言は、事務所の方でも確認したけど、なかったそうです。それでも念のためで、僕はアリスに話したマンションに、引っ越すことになりました」
「え、そうなんですね……」
「結婚を前提だとプレッシャーだったら、それは後で考えるのでいいので、アリスも一緒に引っ越しませんか? 僕は先に引っ越します。でもアリスは仕事の都合のつくタイミングでいいので。引っ越し屋もおまかせで、梱包から手伝ってくれるプランもあります。忙しい時間をぬって、自分で段ボールに荷物を詰め込む必要もないですから」
真剣な表情の悠真くんに、心臓がドキドキと反応を始めている。
「アリスのこと、心配なんです。そばにいてくれれば守ることはできるけど、離れていたら、それは無理ですから……」
悠真くんが私の手をぎゅっと握った。
私のことを思っていると分かったし、本当に真面目だと分かる。
何より、結婚となると元カレは逃げ腰になったのに。
悠真くんは違う。
まだ若いのに。
結婚を前提に、とちゃんと言ってくれたのだ。
だから。
「私も引っ越しします」
「本当ですか!」
こくりと私は頷く。
その後は、悠真くんが予定している引っ越しスケジュールを聞いて、私もそれにあわせ、準備を始めることにした。さらに悠真くんは、私が引っ越しをするまでは、できれば駅からマンションまではタクシーを使って欲しいと提案した。それが難しいなら、引っ越しが完了するまでは、悠真くんが先に引っ越すマンションで、寝泊まりして欲しいと言い出したのだ!
つまり、ちゃんとした引っ越しは後日で、準備が整うまでは、毎日お泊りデートということ。これにはもう顔がデレてしまう! タクシーを平日、毎日のように使うのは現実的ではない。だからお泊りデートプランで決定。悠真くんが引っ越しする時、私の着替えも一部運んでもらえることになった。
こんな風にとんとん拍子で話が進むと、思わず驚いてしまう。
それもこれもきっと野堀のおかげでもある。彼女があんな暴挙にでなければ、きっとこのマンションに二人とも住み続け、通い婚みたいになっただろうから。
「たい焼き、食べますか?」
「はい! 羽付きたい焼き、食べ応えありそうですよね。悠真はほうじ茶?」
「ほうじ茶ですね。用意は僕も手伝います」
夕食の片づけをしながら、たい焼きを食べる準備をする。
洗い場で、二人で並んで作業するのはなんだかくすぐったい気分になってしまう。
もはやここでも新婚さん気分だ。
入れたてのほうじ茶をテーブルに用意し、たい焼きを頬張る。
たっぷりの餡に羽のぱりっとした感じが実に美味。
たい焼きを食べ終わると、悠真くんは持参していたトートバックから「はい」と本を取り出した。
もしやと思い、受け取ると!
悠真くんの写真集!
「悠真、これ……」
「一応、サイン入りです」
「私、ネットで注文したのに。くれるのですか?」
すると悠真くんはふわりと優しい笑顔を浮かべ、私にキスをする。
「どうしてネットで注文なんて。言ってくれれば何冊でも渡すのに」
「で、でも、売り上げに貢献を」
私の言葉に悠真くんはクスクス笑う。
「百冊ぐらい買ってくれたんですか?」
「! そんなには。でも普段見る用でしょう。後、飾る用に一冊。それと実家の母親にも一冊送って。三冊しか買っていないけど……」
「三冊も買ってくれたんですか!?」
驚きながら悠真くんは「ありがとうございます」と今度は頬にキスをしてくれる。
「ねえ、悠真くん、見てもいいですか?」
すると悠真くんの頬がうっすらと赤くなる。
「……アリスに見られるのは……ちょっと恥ずかしいです」
「!?」
そう言えばメッセージでも「嬉しいけど……少し恥ずかしいかな。僕としては新境地な写真もあるから」と言っていた。
一体、どんな写真があるのかしら……?
手元の写真集の表紙を見る。
それはまさにオフという感じの私服に見える姿の悠真くんが、壁にもたれて座っている。片膝を立て、そこに腕をのせ、さらに顎をのせて、こちらを見ていた。
すごく自然体でカッコイイ。
着ている淡い色合いのタンガリーシャツも、白いチノパンもよく似合っていた。
「アリス」
椅子から立ち上がった悠真くんが私の横に来ると、両手を掴んで私を立ち上がらせる。
「どうしました?」
「写真集は、僕がいないと時に見てください」
「! わ、分かりました!」
悠真くんが私の頬を両手で包み込む。
ゆっくり顔が近づき、「ちゅっ」と音を立て、唇にキスをする。
「目の前に僕がいる時は」
再びの口づけ。
「僕を見てください」
またもキス。
「そ、そうですよね」
微笑んだ悠真くんはもう一度キスをする。
ヤバい、じれじれキスが始まったのかしら!
でも歯も磨いていないから、今はまだ……。
なんで思ったら、悠真くんは「良かった」と笑顔になり、私に告げる。
「僕はもうシャワーを浴びて、完全リラックスです。片付けは僕がしておくので、シャワーを浴びてください、アリスも」
悠真くん、優しい!
「ありがとうございます! ではお言葉に甘えて」と、たい焼きがのっていたお皿や湯飲みの片づけは、悠真くんにお願いし、シャワーを浴びることにした。
いつも通りシャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かしはじめると、扉がノックされる。
「どうしました?」
「アリスの髪、乾かしてあげます」
「!」
部屋に移動し、椅子に座る私に悠真くんは、丁寧にブラシを使いながら、ドライヤーをかけてくれる。
「なんだか悠真くん、手慣れている」
「美容師をやっている親戚がいて。青森の実家にいた時は、その親戚の家でよく髪を切ってもらったし、仕事をしている様子を眺めていたんです。それでこうやって誰かの髪を乾かすのも、意外と得意で」
得意というか、なんだかその手付きは美容師さんそのものに思えてしまう。それを指摘すると……。
「美容師役のオファーが来たら、絶対に受けようと思います」
そう言って笑った悠真くんは、仕上げでクリームも使い、髪を整えてくれた。そしてドライヤーやブラシなども片付けると、乾いたばかりの私の髪をひと房手に持ち……。
「アリスの黒髪、とても綺麗」
なんと髪に口づけをした!
もうそれにはドキドキしてしまう。
時々、そんなシーンを漫画で見たことがあるけど。
実際にされると、ドキドキが半端ない。
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