テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
逃避行の安寧が「目黒蓮」という名前一つで崩壊し、初めての物理的な傷——噛み跡——が刻まれた夜。そこから、二人が狂信的な「婚礼」へと向かうまでの、精神が摩耗していく数日間を詳しく描きます。
あの夕暮れの薔薇園での衝突以来、隠れ家の空気は重く沈んでいました。渡辺さんの首筋に残る、どす黒い紫色の噛み跡。それは宮舘さんにとって、自分の醜い独占欲が生み出した「汚点」であり、同時に渡辺さんを繋ぎ止める「唯一の証」でもありました。
夜、キングサイズのベッドの上で、宮舘さんは幾度となく渡辺さんの首筋に触れ、そのたびにひどく狼狽(ろうばい)して涙を流しました。
「……っ、ごめん。ごめん、翔太。俺は、なんてことを……。こんなに綺麗な肌に、俺は……」
宮舘さんは、先ほどまでの支配的な態度はどこへやら、渡辺さんの胸に顔を埋め、子供のように嗚咽を漏らしました。愛という名の暴力で壊しておきながら、その後で必死にその破片を拾い集めるような、矛盾に満ちた愛撫。
「涼太、泣かないで……。大丈夫、痛くないよ。俺が、あんたを不安にさせたのが悪いんだから。俺が悪いんだよ……」
渡辺さんは、宮舘さんの震える背中を優しく撫で、母親が子をあやすような声で囁きます。宮舘さんに傷つけられることよりも、宮舘さんが自分を傷つけたことで「苦しんでいる」姿を見ることの方が、渡辺さんには耐えがたい苦痛でした。
翌朝になっても、宮舘さんの「反省」は続きました。 彼は渡辺さんに指一本触れさせるのを拒み、まるで自分を罰するように、食事も摂らずに渡辺さんの足元で跪(ひざまず)いて過ごします。
「翔太、俺を殴ってくれ。俺を軽蔑してくれ。……君を『普通』の場所から引き摺り出したのは俺だ。俺がいなければ、君は今頃……」
「やめてよ、涼太! そんなこと言わないで!」
渡辺さんは床に降り、宮舘さんの頬を両手で包み込みました。 「俺が決めたことなんだよ。涼太と一緒にいたいって、俺が……! だから、自分を責めないで。俺を一人にしないで……」
渡辺さんは、宮舘さんが後悔すればするほど、「彼を支えられるのは自分しかいない」という歪んだ全能感に満たされていきました。宮舘さんの暴力は、渡辺さんに恐怖を植え付けると同時に、「この人は俺がいないと壊れてしまう」という呪いのような献身を完成させていったのです。
この「暴力と謝罪」の繰り返しは、二人の精神を確実に削り取っていきました。 宮舘さんは、渡辺さんの首筋の傷が癒えていくのを恐れるようになりました。傷が消えれば、あの時の「繋がっている感覚」も消えてしまうのではないか。 一方の渡辺さんも、宮舘さんの涙を見るたびに、自分の心の奥底にある「助けて」という悲鳴を、自らの手で深く、深く埋め立てていきました。
(痛い……本当はすごく痛い。でも、涼太が泣くなら、俺が笑っていなきゃ。俺が、涼太を許してあげなきゃ……)
鏡を見るたびに映る、醜い噛み跡。渡辺さんはそれを指でなぞりながら、自分に言い聞かせます。「これは、愛されている証拠だ」と。
数日後。宮舘さんは、涙を拭い、異常なまでに澄んだ瞳で渡辺さんを見つめました。 「……翔太。もう、謝るのはやめるよ。俺たちの愛には、言葉なんて必要なかったんだ。……結婚しよう。誰にも邪魔されない、俺たちだけの、神聖な婚礼を挙げよう」
その提案は、反省の果てに宮舘さんが辿り着いた、狂気の最終回答でした。 渡辺さんは、逃げ場のないその深い瞳に吸い込まれるように、力なく、しかし幸せそうに微笑みました。
「うん……。そうだね、涼太。二人だけで、永遠になろう」
こうして、あの白亜の教会での「婚礼」という、最も美しく、最も凄惨な儀式へと物語は加速していくのでした。