唐突に義眼が落ちる絶望に慣れれば鬱はわれより遠し
これが四月の歌会に僕が提出した歌。義眼は本物の目ではないから、体とつながっていない。だからときどきポロッと取れて、床や地面に落ちる。
混み合える駅のホームで唐突に義眼が落ちて探すしかない
という似たような歌も詠んだが、切実感という点で前者の方が優れていると判断して、後者をボツにして、前者を歌会に提出した。
歌会は毎月第二土曜日の午後に開催される。その日は久々の雨だった。しかも土砂降りの雨。加戸静香さんは腰を痛めていて、特に雨の日はつらいそうだ。今日の歌会には来られないかもしれないなと思っていたら、家族だろうか、誰かに介助されながらよたよたと歩いて会場に現れた。
歩行介助していたのは金髪の少女。両耳に大きなピアスをつけている。よく見ると唇にも。見るからにヤンキー。彼女に限らないけど、普通にしてればかわいいのに、わざわざ自分を悪く見せようとする気持ちが理解できない。
これが街なかだったら、親切する振りしてお金をだまし取る詐欺師に見えていただろう。彼女と静香さんは、それくらい違和感ある組み合わせだった。というか違和感しか感じない。ふだん生徒には人を見かけで判断するなと言っているが、教師なんて所詮こんなものだ。
会場は長机がロの字に並べられていた。静香さんが僕の二つ右の椅子に座ったために、金髪少女が僕の右隣に座ることになった。
短歌会会長の長嶋先生が静香さんの前まで来て話しかけた。
「お孫さん?」
「そう。今日は腰の痛みがひどくて歌会を休むよと言ったら、おばあちゃんの月に一度の楽しみだからとわざわざ付き添ってくれたんです」
「見た目と違って優しい子なんだね」
見た目と違って?
ヤンキー相手にそんな不用意なことを言えば食ってかかってくるんじゃないかと心配したけど、少女はそういう言われ方に慣れているのか少しうんざりした表情を見せただけで口を開くことはなかった。
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