一方『黄昏』では、スタンピードから一日が経過して『暁』のメンバー達が事後処理に追われていた。
南部陣地に程近い場所に天幕を張っただけの簡単な指揮所が作られ、そこで『暁』財政担当のマーサが挙がってくる報告書を読み頭を抱えていた。
「これは酷いわ。信じられないくらいの損失よ」
「そんなに悪いのですか」
マーサの呟きに、側で監督していたカテリナが反応する。
「悪いなんてもんじゃないわ。今現在判明しているだけでも、死者は百人を越える。負傷者はその倍よ。これが人的な損失。次は物資的な損失。消費した銃砲弾、『ライデン社』から緊急購入した費用、負傷者の治療費に戦死者の遺族補償。急造した南部陣地の建設費に資材購入に掛かった費用。極め付きに、『黄昏』住人に対する一時的な補償金とシェルターの建設費用。ハッキリ言って大赤字よ」
深い溜め息と共に語られた内容は、カテリナとしても愉快なものではなかった。
「資金についてはまた稼ぐとして、人的な損失は痛いですね」
「そうよ。しかも負傷者の中には復帰が困難な者も少なくないわ。解雇できれば話は早いんだけど」
「シャーリィはそれを許さないでしょう。彼等に対する長期的な支援もありますね」
「そう言うこと。それが更に負担になるから……はぁ、貴女だから言うわよ。これまでシャーリィが溜め込んできた資金の大半が消し飛ぶわね。『ライデン社』も思い切り吹っ掛けてきたし」
ビジネスチャンスと見た『ライデン社』は、ライデン会長の承諾を得ないまま通常の数倍で弾薬類を販売。
一刻を争う事態だったためマーサも値段交渉に時間を割けず言い値のまま大量購入する結果となり、『暁』の財政に恐ろしいまでの負担を強いた。
「あの娘の貯金をほぼ使い果たす結果となりましたか。嫌なものですね。それを知ったあの娘がどんな反応をするか」
「普通なら商売人として当然だと気にもしないでしょうね。でも今回は違う。百人以上の死人と倍の負傷者を出したのよ。武器を追加で買えなかったから、無理な戦いを強いられた結果になったしね」
事実シャーリィは機関銃や野砲の更なる購入も予定していた。マクベスが機関銃や野砲の更なる増加に備えて訓練した人員も充分に居たためである。
だが『ライデン社』はそれらの値段すら十倍以上に引き上げ、弾薬の購入だけに留まり、これが犠牲を増やす結果となった。
「大切なものを前にした時、あの娘は感情を前に出す傾向があります。まだ明確な敵対は考えないでしょうが、『ライデン社』に対して不信感を持つのは避けられないでしょうね」
「勘弁して欲しいわ。『ライデン社』も『ライデン社』よ。うちが、シャーリィがどれだけ貢献してると思ってるのよ?仁義を欠いた商人に未来はないわよ」
頭を抱えるマーサにカテリナも肩を竦める。
「仕方ありません。何を思ってそんな判断を下したのかは知りませんが、『ライデン社』は知らないのでしょう。あの娘の執着をね」
「頭が痛いわ。下手をすれば『ライデン社』を敵に回すわよ」
「それがシャーリィの決断なら、従うだけです。あの娘の過去は根深い。私が調べた範囲でも大貴族以上が関与しているのは間違いないので、敵対するものは増える一方ですよ」
「壮大な復讐劇になりそうね」
「貴女も最前列で鑑賞する立場ですよ?」
「はいはい、頑張るわよ。先ずは失った資金を直ぐに取り戻さないと」
「倒した魔物の素材を売り払えばある程度の資金になるのでは?」
「無理ね。派手にやったから損傷が激しいし、シャーリィが倒した魔物は消滅したのよ?痛んでない素材を集めたとしても、そこまで大きな額にはならないわ。手っ取り早いのは次の貿易を今すぐに行うこと、なんだけど?」
「警備隊が壊滅状態です。今の状況で海賊衆が『暁』を離れるのは不安しかありません」
エレノア率いる海賊衆は乱戦に参加しながらも負傷者こそ出したが死者もなく健在であり、現在は甚大な被害を受けた警備隊の穴を埋めるべく黄昏の警備に就いている。
「そうよねぇ。となれば、他との交易再開を急がないといけないんだけど……」
「なにか問題が?」
マーサが言い淀み、カテリナが問い掛けると彼女は苦々しく答える。
「|ターラン商会《古巣》が暗躍してるわ。今回の被害が知れ渡るのも時間の問題。全く割に合わないわ。感謝されるどころか弱体化した今を狙われるんだから」
「それが裏社会ですよ。反吐が出る」
「全くね。そんな場所で暮らしてる私達が言えた義理じゃないけどね」
「他の組織は?」
「ラメルの話じゃ、『血塗られた戦旗』が『ターラン商会』と一緒に怪しい動きを見せてるわ。マナミアが少しでも時間を稼ぐために工作をしてるみたい。でも、うちの被害が知られたら分からないわね」
「『海狼の牙』、『オータムリゾート』には詳細を報告してください」
カテリナの言葉にマーサは驚いた表情を浮かべる。
「良いの?弱味を付け込まれるかも知れないわよ?」
「少なくとも『オータムリゾート』にその意思はありません。リースもそこまでバカな女じゃない。サリアも今さらシャーリィを敵に回すような判断はしないでしょう。むしろ隠せば後々厄介になります」
「了解、セレスティンと相談して決めるわね」
「お願いします。こうしてみると人材が足りませんね」
「マクベスからも大規模な増員を行いたいって陳情が上がってるわ。今は無理だけど、千人規模にまで増えれば少しは余裕が出来るかもね」
「千人規模ともなれば、『会合』の参加も視野に入りますね」
「そして暗黒街の支配者、女帝かしら?」
「それでもシャーリィにとってはスタートラインに過ぎませんよ。まだまだ先は長い」
「退屈とは無縁になりそうだから、大歓迎だけどね」
二人が談笑していると、天幕を潜ってエーリカが来訪する。
「失礼します」
「あら、エーリカ。どうしたの?」
「人手が足りないとのことでしたから、私も警備隊に参加しようと思いまして。許可を頂けますか?」
「エーリカ、休まなければいけません。シャーリィが悲しみますよ?」
カテリナの指摘通り、エーリカの両手には包帯が巻かれていた。
「休んでいる余裕はありません。お嬢様の留守をしっかり守りたいんです」
カテリナの心配に、強い意思を込めた視線を返すエーリカ。
それを見てカテリナも溜め息を漏らす。
「頑固なところはそっくりですね。無理をしない範囲で務めるように」
「はい!ありがとうございます!被服業務からしばらく外れますね」
「人手が足りないから、貴女みたいな腕利きが警備隊に加わってくれるならありがたいわ。他には何かある?」
「はい、私の件以外にもうひとつ。魔物の死骸の数を確認しましたが、お嬢様が討伐した数を合わせても五十体ほど足りません。取り逃がしてしまったものと思われます」
エーリカの言葉を聞いて、マーサは嫌そうな表情を浮かべる。カテリナは無表情のままだ。
「やっぱり取り逃がした個体が居るのね。そのまま逃げてくれれば良いのだけど」
「シャーリィ曰く、この世界は意地悪ですからね。最悪を想定しておきましょう」
「「「はぁ……」」」
三人は同時に溜め息を漏らす。留守を預かる彼女達もまた平穏とは程遠い。