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まるで寝台をいくつも並べたような大きな食卓には、各地を旅歩いてきた甘いでさえ見たこともない御馳走が並び、幻惑的な香気を立ち昇らせている。御馳走の乗った食卓はそれに相応しい絢爛な広間にある。板張りの天井も床もぴかぴかで、漆喰塗りの滑らかな壁にはそれだけでも輝きそうな煌びやかな燭台が並び、揺らめくことのない灯火が投げかける光で広間は昼間のように明るい。
かりっと焼き上げた牛肉は花を模したような上品な盛り付けがなされ、仄かな焦げと油の匂いを香らせていた。甘酸っぱいかけ汁は負けず劣らず食欲をそそる。冬に備えて丸々と太った兎肉に艶やかな蕪と人参、種々の異国的な香草を効かせた煮込みは見た目にも鮮やかで見惚れるほどだ。マシチナの海を巡って戻って来た鱒と深い森で滋味を蓄えた作茸の炒め焼きに刺激されてビステーラの腹が鳴る。他にもその場にいる者たちの人生の中で知りえなかった食材を使った料理が所狭しと並んでいる。
高級で豪奢な、動きにくいが着る者を引き立てる衣装を着せられたビステーラは自分の人生から縁遠いと思われたものに囲まれながらも、どこか遠いところからそれを眺めているような感覚でいた。
立食形式の宴会で仲間たちは既にめいめいに食事し、朗らかに笑い合い、浴びるように酒を飲み、調子はずれの戯れ歌に身を揺らせている。まるで春の芽吹きを祝う祭典に迷い込んだような様子だ。舌と胃を驚かせるような美味な料理よりも、辛く厳しい冬を越えたかのように幸せそうな仲間たちの様子を眺めているのがビステーラの幸福だった。
部屋の端に寄せた椅子に一人座って感慨にふけるビステーラのもとへ同世代の青年がやってくる。濃い茶色の巻き毛の下に思慮深い輝きと霊感を帯びた緑の瞳。真っすぐな鼻筋を支えるように微笑みを湛えた唇。そして何より均整のとれた肉体は古代の英雄を再現した彫刻の如き好男子だ。ずっとビステーラのそばにいて、苦楽を共にしてきた大事な人だ。
「正直言ってちょっと居心地が悪いよ」と夕暮れが苦笑する。
「そう? まあ、これほど豪勢な宴会は初めてよね」とビステーラは頷く。
「それもあるけどこの邸宅もさ。王宮みたいだ」
ビステーラは品よくさりげなく笑い声を零すように努める。
「大袈裟よ。でもそうね。これからは多少お行儀よくしないといけないかも」
ビステーラの言葉とは裏腹に広間の端の方で新技の宙返りを披露している少年がいて、別の端から聞こえる歌声は本番さながらの陽気で少し下品な歌だ。
ビステーラとその仲間たちは旅芸人の一座だった。それも東西にその神業を知らしめた名高い大道芸人たちだ。
隣でちびちびと酒を飲みながら朗らかに笑うツィルクを盗み見て、ビステーラはことの始まりを思い返す。
ビステーラの最も古い記憶は綱渡りから落ちる瞬間だ。ひやりと感じたその時には体は宙に放り出されていた。何にも支えられず、何にも頼れない、その時のぞわりとした感覚は今もこびり付いている。
頭は打たなかったし、強く背中を打ったが怪我もなかった。何事もなかったかのようにけろりとした様子で直ぐに起き上がったビステーラは駆けつけた当時の座長親切な者に平手打ちされ、再び地面に倒れ伏した。
その時の頬の痛みも、ジスクの罵り言葉も覚えていない。毎回同じような怒声だが、お叱りの内容はその時々で違っており、大概は相矛盾していたのでいつの頃からか気に留めないようになったのだった。まだ理不尽という言葉も知らなかった。
怖い思いをしたくなかったから、ビステーラは日々練習に打ち込んだ。少し歳をとると、ここから追い出される恐怖も加わった。少女が一人、塵埃に塗れた世間を生き残れるはずがないことは時折食事抜きにされることで忘れずにいられたものだ。度重なる練習のお陰か、生まれ持っての身体の出来か、あるいは暴力と飢餓から逃れたい一心からか、ビステーラは幼い頃から一座でも指折りの曲芸師となり、ビステーラの胃袋の代わりにジスクの懐を膨らませた。
傭兵を雇えるようになるとジスクは金の匂いのする街から街へ一座を引き連れて旅をした。
ツィルクと出会った日のことをビステーラは今でもよく覚えている。黄金の鉱脈が発見されて好況に沸くある街でのことだった。坑道に犇めくほどの鉱夫が集まり、各地の貨幣と言語を携えた商人が集まり、ジスクもそのおこぼれに与ろうとしたのだ。
しかしジスクにとっては面白くないことに、読みが外れた出来事が重なった。客は少なくなかったし、御捻りも惜しみなかった。一方で一座の中から鉱山へ飛び込む男たちが何人も出てしまったのだ。そうして不機嫌になると、上手くいっていることさえ面白くなくなるのがジスクだった。確かに上手くいかない場合は八つ当たりも酷くなったものだ。
その日は雨で人通りなどなかった。重たい雨が軒を打つ音が響き、地面を掻き混ぜんばかりに激しく降り募っていた。幸い常昼宮を継ぐ者の神殿が雨宿りに提供されていたので一座はその広い軒の端で一日中を過ごしていた。
ただビステーラだけは練習のためにジスクの監視下でひたすら技を磨くこととなってしまった。たとえ秘密の森の奥で舞い踊る蝶のような華麗な技を披露したとしても、いつもよりも更に些細な失敗で打たれ、罵られ、その理由が分かるにはまだ幼かった。
時折、「金に目の眩んだ裏切者め」と一座を去っていった男たちのことを罵るので、ビステーラは何も考えずに「ジスクさんは鉱山に行かないのですか?」と問うてしまった。
初めて拳で殴られた。この痛みは今でも忘れていない。まるで目の下に火がついたかのように熱を感じた。そして心臓の鼓動に呼応するように痛みと熱が波打ち際の如く寄せては返した。
泣くことさえ忘れて蹲るビステーラの前に庇うように立ち塞がってくれたのがツィルクだった。突如現れたその少年が何者なのかはまるで分からず、少女はただただ混乱していた。一体見知らぬ少年と座長の間でどんな会話をしていたのかもはや覚えていない。ジスクに罵られながらも声変わり前の少年の声が何か言い返していたことは覚えている。ジスクの拳を巧みにかわしていたことも覚えている。ビステーラよりもずっと美しい捻りを加えた連続宙返りは今も目に焼き付いている。
何をどう説得したのか、ツィルクは一座に加わった。あのジスクさえ少年のことを一目置いたのだ。ツィルクはそれまで単なる浮浪児だったらしいが、すぐにビステーラと並ぶ一座の看板役者となった。
思い出から帰って来たビステーラは祝いの場のどこかにいるはずのジスクの姿を探す。
ジスクはあれから十余年で急激に老け込んだ。一座が動物を扱い始めた初期に熊に片足を奪われてからのことだ。今でも一座に属してはいるが、この祝いの場でも広間の隅で一人薄めた麦酒を飲み、ぶつぶつと繰言を零している。
新たに座長についたのはビステーラだった。ツィルクを推す声もあったが、辞退したのだ。ジスクの追放もまた提案されたが、慈悲心は何よりの宝になるとツィルクに説かれ、今に至る。
ビステーラは稼ぎを座員に還元しつつ、旅の一座自体の発展を目指して蓄えた。ツィルクの斬新な発想に力を借りつつ、世の誰も見たことのない道具や器具で新たな演目を生み出し、巨大な天幕を作って座員にとっても客にとっても心地よい催しを開いた。
一座一の美声を誇る歌姫鴎がやってきて、ビステーラをツィルクとの間に挟む。
「よ! ごりょうりん! なんろはらしをしれるんれすかあ?」
美しい声の酔っ払いが酒気を吹きかけてくる。
「何を言ってるのか分からないわ。飲み過ぎよ」
「ざちょう! ろんれらいんれすかあ?」
ビステーラは酒臭い息から顔を背けつつ溜息をつく。目が合ったツィルクは苦笑する。
「飲んでるわ。貴女が飲み過ぎなの。喉が焼けるから控えなさいと言ってあるでしょ?」
「きょうくらいいいじゃらいれすか。いつもがまんしてるんれすから。それよりざちょうろはらしをききらいんれすよ、あらしは」
「本当に何を言ってるのか分からないんだけど」とビステーラが困惑しているとツィルクが助け舟を出してくれる。
「君の話を聞きたいんだよ、ビステーラ」
「私の、何の話?」とビステーラが尋ねるとエーデッタはたっぷりと唸りながら考える。
そのまま寝てしまったのかと思い始めた矢先、「そうれすれ。らろえば……、恋の話とか」
急に呂律が回り出してビステーラは面食らう。エーデッタの熱い眼差しを目の端に感じつつ、ツィルクの方に顔を向けることも出来ない。
何を言えばいいか分からずビステーラは俯く。「恋ったって……」
「何かないんですか? 思春期とか何してたんですか? ずっと曲芸していたんですか?」
エーデッタの熱意と酒気の圧に気おされる。
「そうよ。ずっと曲芸よ」とビステーラは誤魔化す。
「つまりビステーラが座長になった辺りだろう?」と再びツィルクに助けられる。「今ほど安定していなかったあの時期はある意味とても楽しい時期だったよね」
楽しくとも悩み多い日々だった。ジスクが多少体格が良いだけの浮浪人を集めて金稼ぎしていた集団に正当な報酬を払うというのはそう簡単なことではなかった。片足を失ったジスクはすっかり心がやられ、芸を仕込んだ犬の面倒を見るのが精一杯だった。しかしビステーラも含めて学のある者など誰もいない中で、ツィルクだけは多少世渡りの才覚を持っていた。
ビステーラが相談すると翌日には預言者の如く賢明で堅実な幾つかの案をあげてくれる。不安定な投げ銭に頼るのではなく木戸銭を設けられないか。金を借りるにはどうすればいいのか。そのような実際的な悩みに共に悩んでくれ、何より大道芸の知識は類を見なった。
やはりツィルクが座長になるべきではなかったか、と思いを吐露することもあったが、ツィルクはいかにビステーラが座長に相応しいかを語って聞かせてくれた。
曰く、幸福追求心と視野の広い警戒心がビステーラには宿っているのだという。それこそが集団を纏め、導くための力なのだ、と。その言葉は今もビステーラの心の奥に刻み込まれている。
ともに思い悩むツィルクを見て、共に喜び笑うツィルクを見て、誰より美しくまるで気高い猛禽の飛翔の如き、繰り出される曲芸の数々を見て、ビステーラの胸は高鳴った。
多くの時間を共に過ごし、互いの多くを知り合って、まるで別の体に宿った一つの魂のように感じられた。一座の者たちや、観客たちもまた美しく力強く成熟したビステーラとツィルクを称えた。
いつの頃だったか、改めてジスクに支配された傍若無人な日々を生き抜いたことに気づき、ツィルクに助けられたのだという実感がようやく心にしみわたったビステーラは二人きりの場を作って感謝を伝えることにした。
丁度今のように宴会をするようになった始まりだ。それなりに名が知れ渡り、儲けの一部を約束することで招待されるようになると、一座の懐にも余裕が出てきた。巧みな曲芸ばかりではなく、猛獣使いや歌と楽による演出、派手で戦慄的な離れ業が御大尽さまの財布の紐を緩ませた。
その日の酒宴は酒場を借り切り、庶民の御馳走と安酒が振舞われ、野蛮な酒精に溺れた一座の仲間たちの酒盛りの輪を抜けてビステーラとツィルクは二人きりになった。
伝えると決めていたことは一つだけだ。あの時、ジスクに殴られた自分の前に立ちはだかってくれたことに対する感謝の気持ちを言葉にして伝えた。
ツィルクは恥ずかし気に、そして少し申し訳なさそうに微笑んだ。
その時初めてビステーラは魅せる者のことを聞かされた。エピシャがツィルクにビステーラを助けろと言ったのだそうだ。それは人として当たり前のことなのだから、と。
ビステーラは饗宴の喧騒に掻き消されそうな声でエピシャにも感謝の言葉を伝えた。それ以外には何も話せなかった。
話をせがんだはずのエーデッタはビステーラの肩で眠っていた。
「貴女が話して聞かせろと言ったんでしょ?」と肩を揺らすがエーデッタはいびきをかくばかりだ。
「エーデッタばかりじゃないようだよ」とツィルクが楽しそうに伝える。
確かに広間のあちこちで床に横たわっている者たちが続出している。赤ら顔といびきがなければ死屍累累の様相だ。とても行儀が良い状況とは言えない。
「こうして一座用の邸宅まで与えられるようになったというのに。人はそう変わらないものね」
「変わらない部分もあれば変わる部分もあるものだよ。僕や君のようにね」
「ツィルクは自分のどこが変わったと思ってる?」
「そうだなあ。エピシャに出会って、一座の仲間たちに出会って、色んな人の色んな考えに触れたことは大きかったかな。あの頃の僕は一人一人の人生が違っても、それぞれに全然違う振舞いをしていても、皆が皆僕のような感じ方や考え方をしているのだと思い込んでいた気がする。そうじゃないと知った時、世界が何千倍にも広がった気がしたよ」
人と人の違いの話を聞いてビステーラが思い出したのは、ツィルクと全く同じような感覚を得た時のことだった。ただし、それは少し苦い出来事だった。
それはつい最近のことだ。焦りがあったのだ。浮浪人の集まりの旅の一座が王宮お抱えの宮廷曲芸師になれる、ゆくりなき好機が舞い込んだのがきっかけだった。
ある王国に招かれ、立国の英雄の後胤たる王に謁見し、王の愛娘の誕生日のための催しに参加することとなった。その出来次第では王国によって一座は保護され、支配者の義務として市民に提供される種々の娯楽の一つとして雇われ、安定した生活を保障される。
何としても成功させねばならない。その決意がビステーラの魂を突き動かしていた。
誰も見たことのない神々の宴で披露されるような美しく妖しく観衆を熱狂させるような演目の数々を披露するために、老いも若きも一座の全員が協力して知恵を絞り、練習に熱を入れていた。そのための楽曲、そのための楽器。そのための衣装は動物にも用意され、誰もが神業と称されるような技を会得し、催しを彩るための魔術を学び、身に着けた。
しかし開催日が目前に迫ったある夜、ツィルクに誰もいない天幕に呼び出された。一見二人きりで、実際にはエピシャもどこかにいるだろうことがビステーラには分かっていた。
「少し自分を振り返った方が良い」とツィルクは切り出した。
「何の話?」唐突な物言いにビステーラは苛立ちを感じた。
ツィルクを前にして、しかしビステーラは仕事に戻りたがった。やらなくてはならないことが山ほどある。詰めなくてはならないことが、整えなくてはならないことが、備えなくてはならないことがある。
「この催しを成功させたい気持ちはわかる。いや、僕ももちろん成功させたい。そのために頑張って来た。それは僕も同じだ。だけど、少しやり過ぎじゃないか?」
「やり過ぎ? やり過ぎて悪いことなんてある。こんな好機、もう二度と手に入らないかもしれない。明日の食事もどうなるか分からない私たちが税で暮らせるかもしれないのよ? 王に、それか王の娘に気に入られ過ぎて悪いことなんてないわ」
「そうじゃないよ。そうじゃない。ビステーラ。今日も昨日も蒲公英が泣いてた。祝福されたが怪我してた。銅色の髪さんが愚痴ってるところ、初めて聞いた」
そのことにはビステーラも気づいていた。だが当たり前だと思っていた。これまでで最も難事なのだ。これまでと同じようにいくはずがない。
「成功すれば、積み重ねてきた苦労も光り輝くわ。私だって悲しみ一つなく、怪我一つなく、成長したわけではない。上手くなりたければ練習するしかない。繰り返し繰り返し繰り返し。泣いたって怪我したって体を動かし続ければ上手くなるんだから。ツィルクは、エピシャの力を借りられるツィルクは違うのかもしれないけど」
ツィルクの瞳に宿った悲しみの色がはっきりと見て取れた。一生忘れられないだろう。
ツィルクは何も言わず、エピシャの札を剥がし、近くにあった椅子に貼り付けた。
そして曲技を繰り出す。単純素朴で基本的な側転から、徐々に難度を上げ、繰り返し宙返りする。人間離れした跳躍、力強い回転、仔兎のように楽し気に、しかし微塵の歪みもない。演目用の棍棒を巧みに放り投げては掴み、空中鞦韆、綱渡り、たった一つでも神業と言える技を組み合わせて披露した。
「直ぐ近くで多くを教わったのは確かだし、それはとても恵まれていることだろう。だけど、この体は僕の物だよ。君の言うことももっともだ。練習しなければ上手くはなれない。だからこそ、苦しみが上手くさせるわけではないんだ。もしそうならジスクのやり方が最も正しいことになる」
はっとさせられ、己の間違いに気づかされる。あの恐怖の日々が、幼心を傷つけた日々が正しかったなどとは思えない。思いたくない。
「ごめんなさい」と反射的にビステーラの喉をつく。「ツィルクの言う通りだ。私、私は焦ってたんだね」
「僕もそうだ。君だけじゃない」ツィルクが震えるビステーラの手を包み込んだ。ツィルクの手も震えていた。「今の今まで言えなかったのは君が正しいかもしれないと悩んでいたからだ。でも、苦しみが良い方向へ導くとは思えない。大丈夫。僕らならきっと成功するさ」
全てが上手くいった。一座最大の催しは無事成功し、一人残さず宮廷曲芸師となったのだった。
「ちょっと! これはどういうこと!?」
その声にビステーラの肩で眠るエーデッタはびくりとしたが、あいかわらず眠ったままだった。
広間に人形が入って来た。そして開口一番憤慨しているようだ。人形はこの場で最も美しい衣装を身に纏っている。新たな演目に使う道具ということにしてツィルクが作らせたものだ。そこにエピシャが宿っている。
「どうかしたの?」とツィルクが揶揄うような口調できく。
「どうしたもこうしたもどいつもこいつも寝てるじゃない」と訴えながらエピシャは広間を睥睨する。
ツィルクは朗らかに問いかける。「みんな幸せそうだろう?」
「それは、そうだけど」
エピシャもツィルクの隣に座る。
「良いじゃないか。皆幸せで僕たちも幸せだ。君も飲む? 酔えないんだっけ?」
「そうだよ。でも飲む。味くらいは分かるからね」
そう言ってエピシャはツィルクの杯を奪って葡萄酒を一気に飲み干す。
「起きてるのは僕らと年少組だけだね」
するとツィルクに呼ばれたかのようにメメルとリデオが走って来た。
「エピシャさん綺麗だね!」とメメルが言う。
「えっと、えっと」とリデオがどもるとメメルが耳打ちをした。「結婚おめでとう! ツィルク! エピシャ!」
他の子供たちも集まって来てそれぞれに祝福の言葉を投げかける。ビステーラも囁くように祝福の言葉を告げる。ずっとそばにいた大事な人と、ずっとその人のそばにいたひとに。
まるで綱渡りで足を踏み外したような気分だ。何にも支えられず、何にも頼れない、ぞわりとする感覚が足元から這い上ってくる。