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体温。冷たく広がっていく何か。いや、温度。
「……ん」
湿っぽいような、それでいて生臭い匂いで目を覚ます。身体を起こせば、全身に痺れるような、裂けるような痛みが走った。私は、思わず、腹を押さえて、その苦痛を何とか逃がそうとのたうち回った。すると、チャラリと、金属が足下の方で音を立てる。
「足……枷?てか、ここって……」
薄暗さの中で、それを見つけようとすれば、すぐに見つかった。私の目の前には、頑丈な鉄格子があったのだ。そして、私の足下には、重い足枷が繋がれている。
「……」
いつの間にか着替えさせられたのか、真っ白な、それでいて、囚人服のような質素なワンピースに私は顔をしかめるしかなかった。自分が、犯罪を犯し、そして、監獄にぶち込まれた囚人のような気分。いや、そうなのだろう。
何故か、頭はスッキリとしていて、その事実がすぐに飲み込めてしまった。恐ろしいことに、私は、どうしてここにいるのか、こうなったのか理解しているようだった。自分の意識が、自分の身体とはまた違うところにいるような感覚に、なんとも言えなくなりながらも、私は立ち上がる。足首が痛い。心臓あたりに血が集まっているような感覚がする。
ぺたぺたと裸足で、狭くて暗い空間を歩いた。リュシオルが閉じ込められていた地下牢なんだろう。まさか、自分が入ることになるとは思いもしなかったけど。
「魔力は……うん、まあ、残ってるのよね……」
手をグーパーさせて、自分の身体に魔力が残っているかどうか確かめた。幸いにも、魔力自体は残っており、身体に異常はなかった。あれだけ、魔力を爆発させたのだから、自身には何も残っていないと思っていたのだが、案外残っていて驚いた。聖女の魔力は改めて医大だなと思うと同時に恐ろしくなったのだ。これを全て爆発させてしまったら、皇宮が吹き飛ぶだけじゃすまないんじゃないかと思ったから。
私は魔力を確認した後、鉄格子を掴んだ。さびていて、表面がざらざらとしている。怖そうと思えば、魔法をぶつければ壊せそうだと思ったけれど、それで人がとんできたりしたら嫌だと思ってしなかった。まあ、ここに閉じ込めるくらいだから、何かしらの魔法がかかっていて、そんなに簡単には外に出られないんじゃないかと思った。地下牢というくらいだから。
「傷口……塞がってる……」
私は、スッキリしているついで……というわけではないが、結局あの時何が起ったのか改めて整理することにした。
独りぼっちで会場にいたら、ブライトが話し掛けてきて、その後アルベドが合流して、そうして、アルベドとグランツの話しになって……二人ともどっかに行っちゃったから、一人で待っていたら、エルが私にジュースを渡してきて、それからそれから、リースがきて……
そう整理してみたが、やはり引っかかる場所があって、もしかして? と疑ってしまった。人を疑うのはいけないと思ったけれど、はじめから彼女は私の見方じゃなかったことに気がついて、してやられたな、という感じだった。私が信じすぎているのもいけないのかも知れないけれど。
「エル……」
私が、ぼそりと彼女の名前を呟くと、ふわりとオレンジの花の香りがした。花弁が舞い上がるようなそんな登場の仕方に、思わず私は目を見開いた。
「私のこと呼びましたか」
「エル……何で、アンタここに……」
顔を上げれば、ニヤリと笑って私を見下ろすエルがいた。彼女は、勝ち誇ったような、そんな笑みで私を見下ろしているのだ。私が、間抜けで、無様な人間だといわんばかりに。
気配も、足音さえもしなかった。まさか、ここに転移してきたというのだろうか。
よく分からなかったけれど、彼女はやっぱり見方じゃなかったと、そんな気がしてきた。まあ、皇帝の配下とかメイドとかならあり得ない話でもないんだけど……
(バカみたいだなあ、信用してたのかも……)
心細かったからこそ、年の近い彼女に心を許していたのかも知れない。それが、徒となって今に至るわけで。アルベドと、リース……他の攻略キャラもそうだけど、人を信用しないことがダメなことじゃなくて、いいことでもある、みたいなのもあるのかもしれないと思った。
「エル……何でアンタがここにいるの?」
「貴方の無様な姿を見に来たんですよ。エトワール・ヴィアラッテア……天馬巡」
「……っ!?」
私の本当の名前を呼ばれ、思わず反応してしまった。何故彼女がそれを知っているのか。もしかしたら、彼女も転生者? などと、色んな思考がぐるぐると回っていく。でも、はじめから答えなんて知っていたんじゃないかって、そうも思ってしまった。
だって、彼女が側にいると、ソワソワしていた自分がいたから。彼のいったことが思い出される。魂が同じ人間がいたら、必然的にひき寄せ合い反発し合うって。何て矛盾。
「アンタ……エトワール・ヴィアラッテアなの?」
「気づいていると思っていたんだけど……ほんと、鈍感で気持ち悪い。アンタみたいな、お人好し嫌いなのよ。でも、愛されるのはアンタで」
そう言ったエルの顔は歪んでいった。彼女の輪郭が、うっすらとぼやけ始め、そうしていつの間にか、その髪色は、美しいふわふわとした銀髪になった。彼女の瞳は濁った夕焼け色に染まって、私の眉間にも皺が寄った。
ふわりと、彼女、エトワール・ヴィアラッテアは肩に掛かった髪を払いのけて、私を見下ろした。それはもう恐ろしい形相で。
「エトワール・ヴィアラッテア……」
「そうよ。エトワール・ヴィアラッテア。私こそが、本当の身体の持ち主なのよ。その身体は、私のものなの、返して」
ガン、と鉄格子を叩く彼女。こちら側に入ってくることもないのに、その場で怒りをぶつけられ、私も困ってしまった。身体を返してと言っても簡単に返せるわけがないし、かといって身体を返したいかと言われたら、返したくないわけだし。
いいや、返すも返さないも、私がこの身体に転生した時点で、私のものなんじゃないかとは思うんだけど。
「返せないし、返したくない」
「ハッ、その状況で何を。どうせ、アンタは死刑よ」
「じゃあ、何?私の死体に入ってどうするつもり……?」
「…………あの赤髪がいってたでしょ。魂さえ捧げれば、時を戻せるって。アンタの魂を使って時を戻すのよ。そして、私がその身体を奪い取る。そして、私は愛される人間になるのよ」
「意味が分からない……我儘じゃない?」
私は、ついいってしまった。すると、鉄格子越しから、エトワールの手が飛んできて、私の頬を叩く。パシンと乾いた音と共に、私の左頬に痛みが走っていく。ふーふーと怒りに震える彼女を閉じかけた左目と右目で捕らえた。血走った目。同じ顔をしているから、何というか、この顔でそんな恐ろしい表情が作り出せるんだと思ってしまった。自分事じゃないけど、自分事みたいな、そんな不思議な感覚に私は戸惑うしかなかった。同じ人間が二人いるという状況がまず、おかしいんだけど。
「そんなので、愛されると思っているの?元々、偽物聖女っていわれていたのに……元の身体に戻ったところで、此の世界の認識は変わらないと思うけど?」
「自分が死んだ後の心配までするのね。ほーんと、大嫌い。気にくわない女」
「……」
「それとも、何?アンタだから愛されたって言うの?私じゃ愛されないとでも言いたいの?」
と。エトワール・ヴィアラッテアは、私を睨み付けていった。
私が言いたいのはそう言うことじゃないんだけどな、と思ったけれど、それを口にしたらまた彼女の神経を逆撫でしそうでやめた。何も言わないのが一番だと思ったのだ。きっと、彼女の怒りと殺意は、こんなことじゃ消えやしないから。だから何も言わない。いったところで変わらないと思ったのだ。
彼女は私の前世の名前を知っていた。でも、彼女は私の過去を知らないようだった。私だから愛されたとか、そう言うことを口にしていたけれど、絶対ない、あり得ないと思ってしまったのだ。私の過去を知っていたら、同情してくれるのかと思っていたけれど……知らないのなら……
(エトワール・ヴィアラッテアの境遇を、受けた仕打ちをこの身で感じて、自分と似ているところがあるって私は同情したんだけどな……)
同じものを彼女に求めているわけじゃないけれど、私は正直言えば、前世では愛されていなかった。今世でも、偽物聖女だと言われた。それでも、私を好きだって周りにいてくれた人は、少なからず自分で積み上げてきたからこその繋がりで、何もしなくて得たものじゃないと思っている。裏切りも、不信感も、全て積み上げて、壊して、再構築して手に入れたものだ。手に入れた、といういい方は間違っているのかも知れないけれど。
だから、エトワール・ヴィアラッテアが、このまま私の身体を乗っ取ったとしても、愛されるなんて思っていない。彼女が努力しないかするかの問題で。
「何よその目」
「別に……」
「威勢がいいのも大概にしなさいよ。アンタは、今から裁判にかけられるんだから。って、いっても、どうせ死刑には変わりないわ。アンタは、人を殺したんだから」
「……っ。エルが……アンタが飲ませたジュース、何が入っていたの?」
「もしかして、分かって飲んだ飲んだのかしら。そうだとしたら、とんだお馬鹿さんね」
「いいから、教えて」
「魔力を暴走させる液体だったわよ。気づいていたと思っていた。殺人者になりたいから、私から受け取ったんだってね!そう思ったわよ。アンタ、私のこと信用していなかったくせに、私が渡したジュースを飲んで」
「それは……」
疑っていなかったわけじゃない。疑っていたけれど、その中に信じたいという気持ちもあった。それを、彼女は理解してくれていないようだった。今更いっても遅いけど。
飲んでしまったのは私だし、それで暴走して人を殺してしまったのも私で……
後からのしかかってきた罪悪感を取っ払うことは出来なかった。
「精々最後の悪足掻きでもしたら?でも、結果は変わらないわよ。アンタは、断頭台にのぼることになるんだから」
そうエトワール・ヴィアラッテアはニタリと笑って、地下牢を去って行った。優雅に、そして気高く。黙っていればイケメン、美女ってこういうことを言うんだろうな、なんて自分がこれから裁判にかけられることを、私は他人事のように思いながら、彼女を見送った。
最後の悪足掻き……結局仕組まれたこと、舞台の上で転がされていただけだったのかも知れない。
私は、その場で手をつき、ギュッと唇を噛んだ。ポタリと黒い石床の上にシミが出来る。
「ごめん……ごめんなさい」
声を押し殺して泣くことしか出来なかった。謝罪か、それとも後悔か。私には、分からなかった。