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「ああ、ロゼッタ。入りなさい」
「……はい」
侍女たちが王都でも人気なケーキを綺麗に4等分に切り分けていた。ティーカップも四つで、当然のように私の分はない。それを誰も指摘しないことに落ち込んだ。
「…………っ」
フォビオ以外に私の両親と、病弱気味のアデーレの姿に嫌な予感がした。
末の妹のアデーレは両親のお気に入りだ。病弱なフリをして弱々しい振る舞いをする妹は、いつだって周りを味方にするのが上手だ。平静を保ちながら空いている一人用のソファに腰を下ろした。
沈黙。誰も何も言わない。アデーレはちらちらと私の顔を見て、フォビオも私が口を開くのを待っているようだった。これ私が話さないとダメな感じなの?
モヤッとしつつも、彼らが望む言葉を投げかける。
「……フォビオ、話ってなに?」
「君は一人で生きられるかもしれないけれど、君の妹……アデーレは病弱で、僕の支えが必要なんだ。そんな彼女に寄り添ってあげたい」
この人は何を言っているのだろう。病弱?
確かに風邪を引きやすいけれど、それだけだ。余命幾ばくかとかではない。でも今はそんなことどうでもいい。一番の問題は別にある。
「……それって」
「だから、僕と婚約解消をしてほしい」
「──っ」
婚約解消されたことに多少なりともショックを受けたけれど、それ以上に唯一の希望が砕けたことのほうが衝撃だった。
え? 待って、待って。
スザンヌ姉さんとの約束が──。
それじゃあ奴隷紋が消せない。ずっと姉の奴隷でいるしかない?
「けほけほっ……ロゼッタ姉さん、ごめんなさい。フォビオとお話をしている間に……話を聞いてくれるようになって……」
咳をするアデーレの顔は青い。愛くるしい容姿で涙を浮かべながら言われてしまえば、文句を言う気持ちを持つことさえ許されない気がした。案の定、何も言わない私に両親や婚約者は非難の目を向けてくる。
声が遠のいていく。
婚約解消するというのなら、私が今まで積み上げてきたものは一体何だったのか。足下が脆く崩れていく。
私の立ち位置は常に砂上の城だったのだと、愚かにも今更気付く。いや気付いてしまったら心が折れそうだったから、一縷の望みに縋って気付かないフリをしてきたのだ。
情熱的な恋でも、愛もないけれど、それでも今の暮らしよりは幸せになると──そう思っていたのに……。
「ああ、なんて可哀想なの。私が丈夫に生んであげられなかったばかりに」
可哀想? なんでアデーレが可哀想なの?
「お母さん」
「お前のせいじゃない。もう一人欲しいといったのは私なのだ」
なんでアデーレを慰めているの? 悪いのは私みたいな言い方をして──。
「おじさん、おばさん。僕はアデーレがこの世界に生まれてきてくれたことを感謝しています。だから自分たちを責めないで」
「そうよ、お父さん、お母さん」
ああ。いつものパターン。こうやって黙っていると皆が私を睨む。
私の初恋の相手であり婚約者のフォビオは、病弱で庇護欲が湧く妹を選んだ。「お前がアデーレの代わりだったら」とか「アデーレが可哀想だわ」と言って、事務の仕事を押し付けてくる両親。
幾つものホテルを経営していて、いずれは私に相続させてフォビオは婿として入る予定だった。だから忙しい中で事務の仕事を覚えたのだ。『アデーレはどこかの裕福な貴族か商家に嫁ぐから』と甘やかされて育った。
アデーレとフォビオの仲を認めるとすると私は別の嫁ぎ先に行くか、ホテルで今までのようにこき使われる可能性が高い。
スザンナ姉さんはリーニャ商会に嫁いでいるので離縁しない限り、付与刺繍加護や魔法省略巻の付与魔法などの魔導具関係の仕事を押しつけてくるだろう。またフォビオと結婚解消となったので、奴隷紋の解除も白紙だとか言い出すに決まっている。
面倒なことは全て私に押しつけてくる両親も、姉も、私から全てを奪う妹も一度だって私のことを優先してくれたことなんてなかった。
この先もそれが変わらない。そのことが今、決定してしまった。
「じゃあ、これにサインをしてほしい」
「──っ」
バタン。
頑強な扉が未来を閉ざした音が聞こえた。
自由になれない。
鳥かごから一生出られない。
このまま独りで搾取され続ける一生奴隷なの? ……っ、そんなの嫌!
嫌、嫌、嫌!! 絶対に嫌だ!
自由のない押し付けられた生き方なんてもううんざり!! それならいっそのこと──。
あ。
その時、鈍色の光が私の視界に入った。
ケーキを切り分ける際に、侍女たちが回収し忘れたケーキナイフだ。そのナイフに私の顔が写り込んだ。
こんなナイフでも心臓を貫くことは出来るんじゃないかしら。そう思った瞬間、衝動的に私は自分の死を渇望した。
自由になれないのなら──目の前で死んでやる!