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俺がPTAだのパパ友だのとカタギの付き合いを深めとるのを見て、事務所の連中の様子がおかしゅうなってきた。
「……おい、お前ら。何をそんなにソワソワしとんねん。蛇頭会の残党でも出たんか」
事務所のソファで新聞を広げとる俺の前に、若頭の長治を筆頭に、体格のええ若い衆が三人、直立不動で並びおった。
「……兄貴! 自分らも、ひまりお嬢のために『徳』を積みたいんですっ!」
長治が、組の襲撃命令を受ける時より真剣な顔で叫びおった。
「……徳、やと? お前ら、そんなもん一ミリも持ち合わせとらんやろが」
「いえ!兄貴がPTAで頑張っておられるのに、自分らが事務所でゴロゴロしとるわけにはいきません!自分、長治……近所の幼稚園の『交通安全ボランティア』に登録してきましたッ!」
「…俺は読み聞かせボランティアの面接行ってきますッ!」
「自分は、公園のゴミ拾い隊に入りましたッ!」
俺は眼鏡を指で押し上げ、深く溜息をついた。
……正気か。
顔に傷のある大男が幼稚園の前で旗振っとったら、交通安全どころか、不審者情報として通報されるのがオチや。
「……和幸。お前、こいつら止める気はないんか」
「……自分も、ひまりお嬢の通学路の犬のフン掃除、極めてますんで」
和幸までが、ドヤ顔でビニール袋を振りかざしおった。
この事務所、いや、この家
もう極道の看板より「奉仕活動」の看板の方が似合うようになってきとるな……
翌朝
俺はひまりを車に乗せて送る途中、交差点でとんでもない光景を目にした。
黄色い旗を両手でピンと張り、子供たちに
「おはようございますッ!横断歩道、右よし左よしッ!!」と、軍隊並みの声量で挨拶しとる長治がおった。
「あ!長治さんだ! パパ、長治さん、旗振り上手だね!」
ひまりが窓から手を振ると、長治は一瞬だけ表情を崩しそうになったが、すぐに
「……行ってらっしゃいませッ!お嬢ッ!!」と、敬礼に近い動作で返しおった。
……案の定、周りの保護者たちが、遠巻きにスマホで写真を撮っとる。
「……あいつ、後で教育委員会から苦情来ても知らんぞ」
◆◇◆◇
昼過ぎ
事務所に戻ると、今度は別の若い衆が、ひまりの図鑑を片手に音読の練習をしとった。
「……『しんぞうは、ポンプの役割をしています』…うう、感情がこもってない…っ、もっとこう、命の重みを感じさせるように……」
「……お前、読み聞かせ行くのはええが、ドスの利いた声出すなよ。ガキが泣くぞ」
俺の忠告も空しく、事務所の面々は完全に「ひまりのため」という大義名分の元、謎のパパ活に励みだした。
夕方、学校から帰ってきたひまりが、ニコニコしながら俺のところに寄ってきた。
「パパ! 今日ね、学校の周りにいたおじさんたちが、みんな優しくしてくれたの! 『フンを片付けるのが男の道だ』って言ってた!」
「……そうか。…そら、ちょっと教育にええんか悪いんかわからんな。適当に聞いとくんやで」
俺はひまりの頭を撫でながら、ふと窓の外を見た。
事務所の周りを、組員たちが一生懸命掃除しとる。
カタギの世界に歩み寄ろうとする、不器用な男たちの背中。
ワシがいつかこの道を完全に辞める時、こいつらも一緒に連れていかなあかんな……。
そんなことを考えながら、俺は和幸が拾ってきたという「公園の空き缶」の山を、苦笑いしながら眺めていた。
「……和幸。…明日、ワシもゴミ拾い混ぜろ。……PTA委員長としてな」
「兄貴……!合点承知ですッ!!」
黒龍院組の日常は、血生臭い抗争から、どぶ板掃除の音へと変わりつつあった。
#シリアス
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