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#シリアス
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組員たちが「徳」を積むとか言うて、街の掃除や交通整理に精を出し始めてから一週間。
事務所の周りは、皮肉なことにワシが組を継いで以来、一番綺麗になっとった。
「パパ、ただいま! ……ねぇ、これ、門のところに落ちてたよ」
学校から帰ってきたひまりが、ランドセルを背負ったまま、一通の茶封筒を差し出してきた。
宛名はなく、ただ古びた油性ペンで『黒龍院吾郎様』とだけ書かれとる。
「……おう。落とし物か。ひまり、おおきにな。手ぇ洗ってき」
ひまりが奥へ駆けていくのを見届けてから、俺は封筒を開けた。中から出てきたのは、一枚の古ぼけた写真。
そこには、若かりし頃の俺と、今は亡き先代の親父、そして…
顔の部分がタバコの火で焼き消された「三人の男」が写っとった。
俺の背筋に、久しく忘れていた冷たい戦慄が走った。
「……兄貴、顔色悪いっすよ。どうしたんですか?」
和幸が覗き込んでくる。俺は無言で写真を伏せた。
「……和幸。…『亡霊』が戻ってきたかもしれんぞ」
この写真は、俺が極道の道に入って間もない頃、先代と共にシマを広げていた時のもんや。
焼き消された顔の一人は、裏切り者としてワシがこの街から叩き出した男……名は『鮫島』。
執念深く、卑怯な手口で鳴らした男や。
蛇頭会のような三下とは格が違う。
その夜。ひまりが寝静まった事務所の応接間で、俺は和幸と長治を前に写真を叩きつけた。
「鮫島の行方を追え。…あいつは、一度狙った獲物を執拗に追い詰める。……これはあいつなりの『宣戦布告』や。ひまりのことも狙っている可能性がある」
「……ま、まさか、お嬢にまで手を出す気ですか!?」
長治が拳を握りしめる。
「……あいつに『仁義』なんて言葉は通じん。…和幸、明日からひまりの送り迎えは、ワシが直接やる。組員全員、奉仕活動は一時中断や。…街の『掃除』ではなく、『監視』に切り替えろ」
「ハイッ!」
翌朝
俺はひまりと手を繋いで登校路を歩いとった。
ひまりは俺の異変に気づいとるのか、時折不安そうに俺の顔を見上げる。
「パパ、今日はお仕事お休み?」
「……ああ。パパ友の佐藤さんと、またコーヒー飲む約束しとるからな」
嘘を吐くのは胸が痛む。
やが、あの子に血生臭い因縁を悟らせるわけにはいかん。
校門の前でひまりを送り出した後、俺は周囲の風景に溶け込もうとしとる「不自然な影」を探した。
(……鮫島。どこで見とる。…今度は追い出すだけじゃ済まさんぞ)
眼鏡を指で押し上げると、街の喧騒が遠のき、殺気だけが研ぎ澄まされていく。
平和な日常に、かつての業が牙を剥き始めた。
「……和幸。裏の武器庫、開けとけ。……出番が来るかもしれん」
俺は、ひまりが元気よく校舎へ入っていく背中を見守りながら、胸ポケットのクローバーを強く握りしめた。
親父として、そして極道として。
ワシの人生、最大級の『掃除』が始まろうとしていた。
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