テラーノベル
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#ロマンスファンタジー
背後に広がるオーケストラの調べと、着飾った人々の華やかな喧騒を振り切り
私は逃げるようにして夜の冷気が支配するテラスへと飛び込んだ。
石造りの冷たい手すりを掴み、肺が焼けるような荒い呼吸を繰り返す。
けれど、背中の皮膚に感じるあの悍ましい「異変」は、冷たい夜風に当たっても収まるどころか
脈動に合わせてますますその熱を増していく。
ドクンドクンと、肌の内側から何かが突き破ろうとしているような、恐ろしい感覚。
「ああ、嫌……嘘よ、こんな……っ」
ドレスの背中から腰にかけて、零されたシャンパンの水分を含んだ生地が
冷たくぴたりと肌に張り付いている。
そこには、人間にはあるはずのない、硬質で滑らかな手触り
月光を反射して不気味なほど鮮やかな虹色の光を放つ人魚の鱗が、幾重にも重なり合って現れていた。
仮面で顔を隠し、人間として振る舞っていても
この体が「異形」であることはもはや隠しようがない。
「ラム!」
重厚な扉が開く音と共に、聞き慣れた、けれど今は誰よりも聞くのが恐ろしい足音が近づいてくる。
私は逃げ場を失い、テラスの角で、剥き出しの背中を壁に強く押し付けた。
冷たい石の感触が、鱗の持つ異常な熱を余計に際立たせ、私の罪悪感を煽る。
「ごめん、シエル…シャンパンがかかっちゃって……少し、服を乾かしたいの。しばらくは、中へは戻れそうにないかも……」
震える声で、精一杯の嘘をつく。
顔を伏せ、彼と視線を合わせないように必死で虚勢を張る。
けれど、肩を震わせ
今にも泣き出しそうな私の様子がおかしいことは、誰の目にも明らかだった。
シエルは私の拒絶に一瞬だけ足を止めたが、その蒼い瞳には怯えも嫌悪もなく
ただ、私の苦しみをすべて分かち合おうとするような、静かで深い決意が宿っていた。
「いや、僕の方こそごめん。僕が目を離した隙に、君にこんな思いをさせて……本当に申し訳ない」
彼は私の拒絶を無視するのではなく、包み込むように歩み寄り
強引に、けれど壊れ物を扱うような繊細さで私の冷え切った手を包み込んだ。
「少し、誰の目にも触れない休憩できるところへ行こう。僕もずっと一緒にいるから」
彼のそのどこまでも深い優しさが、私の張り詰めていた心の糸をぷつりと切った。
このまま隠し続けて、もし彼を騙したまま消えてしまったら……
彼に本当の私を知ってもらえないまま、泡になってしまったら。
その方が、正体を知られて嫌われるよりもずっと恐ろしいことに気づいてしまったのだ。
私は意を決して、彼の手を痛いほど握り返し、堰を切ったように真実を話し始めた。
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