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・・・目を開けると、僕は交差点のど真ん中に立っていた。
歩道じゃなくて、車道の真ん中。しかも車じゃなく“自分の足”で信号待ちをしている。
「なんだこれ・・・?」
周りを見渡すと、隣の車線には僕と同じくらいの年齢の女性が歩いていて、反対車線にはスーツ姿のおじさんが淡々と歩いていた。誰も驚いていない。みんなむしろこれが“日常”みたいな顔をしている。
「変な夢だな。車と人の立場が逆なのか?」
そう思いながら信号を眺めていたけれど、いつまで待っても変わらない。
やがて隣の女性は足が疲れたのか、その場に座り込み、カバンから本を取り出して読み始めた。
僕は、読書を始めた女性に声をかけた。
「あの・・・」
女性は本から目を上げた。
黒髪のロング、澄んだ瞳。
スーツがよく似合う、きりっとした人。
「なにか?」
すこし冷たい、けれど何だろうかどこかで聞いたことの有る声。
「ここ、どういう場所なんですか? 信号、全然変わらないし。僕、気が付いたらここにいて・・・なんだか状況がよくわからなくて」
畳みかけると、女性はため息をひとつ落とし、
「ああ、そういうことね」
と言って本を閉じ、ゆっくり立ち上がった。
「あなた・・・私に見覚えない?」
「え?」
動揺した僕に、女性は視線を向け、道行く人々を示した。
「よく見てみたら?周りをある知ている人たちのこと」
僕は視線を向けた。
——驚いた。
そこにいるのは、幼馴染、大学の後輩、昔の上司・・・
忘れていた人まで含めて、僕の人生に一度でも登場した人たちだった。
女性は信号を見つめながら小さく呟いた。
「ここはね、人が“心の奥で整理しきれずにいたもの”が形になって流れていく場所なの」
「心の・・・整理?」
「そう。あなたは今、大きな分岐点にいるのよ。自分の未来をひとつ選ぼうとして、かつての記憶や選ばなかった可能性が揺れ動いている。それが、こういう形で表に出ているだけ」
彼女の言っていることを理解することは出来ない気がしたのだけれど、でも、不思議とすべてに納得がいく感じがした。
「あなた、きっと何かの選択肢の中に居る。だから信号が変わらないのよ」
確かにそんなような気がしてきた。
そして、ふと気づく。
・・・ん?
これは“僕の内側の景色”だとして、目の前の女性に話しかけられているのは、おかしい。
その疑問を察したように、女性は微笑んだ。
「気づかないの? ほんと鈍いわね」
彼女は左手を上げ、指輪を見せた。
「私はあなたのパートナーなの。昨日、プロポーズを受けたばかり」
「・・・え?」
思考が止まる。
「ほら、あそこで私たち出会った。あの交差点で。それから同じ道を歩いてきた。だからここにも来てるのよ」
いたずらっぽく笑う。
「恋って、出会いって突然でしょう?気づいたら会話をしていて、そこから始まる」
彼女は自分のカバンを軽く叩いて言った。
「中には本とタバコと・・・あとお酒もあるの。待つ時間も、ぜんぶ楽しめる準備はできてるわ」
そして本を開きながら続ける。
「あなたがあなたらしく選ぶなら、私は私らしく待つだけ」
僕は路面を見つめ、息を吸った。
しばらくすると声が聞こえて来た。
「ねぇ、あなた。・・・起きて」
声が聞こえ、目を開けるとベッドの上。
「あれ・・・夢?」
「疲れてるんじゃない? 仕事、忙しいでしょう」
そう言って、僕の“妻”は髪をまとめながら立ち上がる。
栗色のショートヘアが朝の光にきらりと揺れた。