「うはー、こりゃ便利だしー」
「なんかすっごい事になった……」
その日の夜、ヴィーアンドクリームに新しい道具が追加された。
『本当に聞こえてるんですのー?』
「うん、聞こえてるし」
「クリム、こっちからは聞こえないよ?」
「あ、そうだったし」
クリムは店頭に顔を出し、ノエラに聞こえている事を伝えた。
「あの『コールフォン』の応用か。便利なものね。この『オヤキ』を動かさないでおけば、あっちの『コキ』で聞こえた音が、こっちでも聞こえるって事か……」
「テリア、ちがう。オヤキちがう。スピーカー」
「あ、うん。ごめんね。『スピーカー』と『マイク』だったわね」
アリエッタが今回作ったのは、前にエテナ=ネプトで使ったコールフォンから機能を減らしたスピーカーだった。
(なるほどねぇ。話を出来なくしたから何の意味があるのかと思ったけど、こっちの話が聞こえない事はむしろ助かるわ)
クリムの役に立てる道具を考えた結果、店にとって有用な物を作ったのだ。ベルトコンベアや店頭で受けた注文をキッチンに送信する機能も考えたが、事故対応や説明が難しいと思って、説明不要なスピーカーを作る事に決めたのである。
最初はネフテリアもクリムも、コールフォンよりショボいなと思って首を傾げていたが、アリエッタの懇願するような視線に負け、まずは言う通りに設置してみた。まだ有用性は完全に理解していないが、ネフテリアは徐々に納得し始めていた。
(そういえばお母様がそんな魔法使ってたけど、あの時は何が凄いのかいまいち分からなかった。でも使ってみたら分かるわ。これは情報収集に最適な道具ね)
という事で、次の日は試運転目的でナーサとネフテリアがキッチンと店頭の間に待機し、どういう感じになるかを観察する事にした。
『うめぇ~』
『高くて時々しか食べられないけど、やっぱ最高だな』
聞こえてくる喧噪の中で料理に関する感想が大声で話されていた。それが聞こえるとクリムの気分が上昇し、料理のペースが上がっていく。
「確かにこれは有用ですね」
「周りに聞こえるような声で話してる事だから、盗み聞きしてるって気分にもならないし、いいわねこれ。ワグナージュかサイロバクラムにこういうの無いか聞いてみましょうか」
店頭も見ている2人には、スピーカーから聞こえる声と実際に話している声の両方が聞こえていた。
マイクは天井に設置されたので、スピーカーから聞こえるのは主にザワザワとした喧噪。その中ではっきり聞こえるのは、それだけ大きな声で話しているという事。店頭にいる店員達にも把握できるような事が聞こえているだけなので、聞こえている事に問題はなく、むしろ必要な事であると、この後すぐに判明する。
ガチャーン
『おいっ! 何してんだテメエ!』
『うわわわすみませんすみません!』
『俺のアーシェちゃんが持ってきてくれたメシを台無しにしやがって。生きて帰れると思うなよ……』
『ひいいい!』
トラブルが発生。店頭を見ると、屈強な男が横を通ろうとして皿をひっかけて落としてしまった男を連れ出そうとしている。
「なるほど、こんな使い方も出来るんだ」
「密偵の待機部屋でも作りましょうか」
「いいねそれ」
と話しながら、大きな帽子を被ったままのネフテリアが仲裁に出て行った。立場も実力もあるので超巨大ドルナや魔王のような例外を除けば怖いものなどない王女は、両者への注意と、もう1回同じのをアーシェに出させるからという条件を使い、あっさりとその場を鎮めた。
「そんなわけで、アーシェとエークタルト。あの客の左右から軽くサービスね」
『はいっ』
男の推しはアーシェだったが、エークタルトも追加して、座っている左右両側から上目遣いの謝罪で挟み撃ちにしたら、顔を真っ赤にして食事を済ませ、フラフラとした足取りで店を出て行った。
「ヨシ」
「容赦ないオーバーキルですね……」
クリムとノエラも、スピーカーのこの使い方はお店として有効だと理解し、後日密偵達や兵士が交代で1日中張れるように、警備員用待機室を作る事になった。人員については心配などなく、むしろ取り合いになる程だった。
その事を報告書にまとめている時、ネフテリアとオスルェンシスは、スピーカーと作っている時のアリエッタの事を思い出す。
「アレ作ってる時って、子供が木にペタペタ色を付けて遊んでるだけにしか見えないのよねぇ……」
「アリエッタちゃんの能力は、色や絵ですからね。自分達の理解を超えています」
「家で作ってもらったから、誰が作ったかは見られてないけど、こうも便利な物を作られるとね」
「シーカーとゼッちゃん様が後ろについていると、他国に言っておいてよかったですね」
先日王妃達がアリエッタの事を知っても、手に余ると感じた主な理由がこれである。たとえ世界中を揺るがすような力を持っていても、他リージョンや神の監視などあっては、本当に何もする事が出来ない。ただ精神をすり減らすだけになってしまうのだ。
「でもあのスピーカーずっと動かしてて、アリエッタちゃん大丈夫なのかな?」
「大丈夫ですよ」
『うぉわっ!?』
普通だったら魔力か何かを消耗するのに……と疑問を口にしようとしたところで、その疑問に答える為にイディアゼッターが姿を現した。
「ゼッちゃん様……」
「なんかもー、神様がホイホイ出てくるのには慣れたけど、イキナリにも程があるわ」
「申し訳ございません。そういう能力なもので……」
イディアゼッターは空間と世界を超越する監視者である。出現はどうしても突然なので、家の中の場合はドアの前に現れてドアから入ってきてと、ネフテリアは遠慮なく文句を言った。
「なるほどその手がありましたね。では今度からそうさせていただきます」
「本当に腰が低い神様ですね……」
「それで疑問についての回答ですが、確かに力は消耗します。観察していましたので間違いありません。起動と維持で消耗は変わるようですね」
「やっぱり維持にも使うんだ」
「ええ。アリエッタさんの力の器をこのコップとして……」
イディアゼッターはコップと水を使って、アリエッタの力の消耗を表現。
コップに満タンに注いだ水をアリエッタの力にたとえ、観測した力の流れを説明し始めた。
「絵や道具を起動した時は、これくらい消費してました」
そう言って、水を操って20分の1程だけ別のコップに移した。
「すくな……」
「これであんなのが動くんですか」
「何を動かしても同じような感じでしたね」
次に道具が動いている間の維持に使用する力を1日分だけ別のコップに移動。その量は1滴程度。
「うそん」
「触っていても遠隔でも、特に変化はなかったですね。消耗よりも回復の方が早かったので、維持していない時としている時の差を計算して割り出したのです」
「わぁ、ほぼ無限に使えちゃいますね」
「沢山同時起動していたらそうでもないと思います。まだ成長前ですから、いずれ無限になるかもしれませんね」
「そ、そう……」(さすが女神)
アリエッタのポテンシャルを知って、驚嘆するネフテリアとオスルェンシス。
しかし、話はまだ終わっていない。
「実は、道具の起動と維持だけでなく、作成にも力を使っていました。むしろこれが一番消耗が激しかったですね」
「そういえば、最初の頃は絵を描くたびに寝てたって言ってたような」
最近は絵は1日に何枚も描けるようになっていた。しかし自分の能力で色を付けると消耗が激しいのか、その日はぐっすりと眠ってしまうのだ。集中すると疲れるからだと、本人もミューゼ達も思っていたのだが、イディアゼッターがしっかり観測していた。
「1刻絵を描き続けると、これくらいでしたね」
そう言って移動した水の量は、5分の1程。まだ子供とはいえ、それだけの力を色の能力に込めている事になる。
そしてそれは、アリエッタの髪で描いた絵そのものに、神の力が宿っているという証明にもなっていた。
「え、それやばくない?」
「言わなきゃバレませんよ」
「それでいいんだ……」
確かに人には神の力を感知出来ない。アリエッタが絵の力を起動しなければ、ただの絵でしかないのだ。
「結局アリエッタちゃんは、道具を作るのに力を沢山使って、起動するのにちょっと力を使って、維持に力を使っているのには本人も気付いていない」
「そういう事になりますね」
「ミューゼには教えておきましょ。大量に道具使ったら大変だから」
「ほあー、なるほど」
「助かる情報なのよ」
まだ閉店したばかりの時間なので、早速ネフテリアはアリエッタの力の事をミューゼとパフィに伝えた。当のアリエッタはパフィの膝でウトウトしている。
「今までの感じだと、絵を描いたら疲れて寝るだろうし、前もって道具は作っておけば、疲れ切って倒れるような事もないと思うから、眠そうにしたら寝かせてあげれば大丈夫だと思う」
それはつまり、普段通りで問題ないという事。
ミューゼはしっかりと言われた事を育児日記にメモし、心にもしっかり刻み込んだ。
「それじゃ、アリエッタも疲れてるみたいだし、たっぷりチューして寝かせてあげないとね」
「くっ、私の番は明日なのよ……」
「いや、眠そうなのは夜遅いからよね?」
「アリエッタ、寝るよー」
「ふぁい……」
『寝る』の言葉に反応し、アリエッタはふらりとパフィから降りた。そのままネフテリアの手を掴み、ミューゼの部屋へと向かう。
「えっ、ちがうちがう、ミューゼあっち」
「ぷっ、間違えられてるのよ」
「アリエッター?」
「ミューじぇえ~、ねりゅぅー」
『ブふっ』
完全に寝ぼけているアリエッタの声に、ミューゼとパフィが撃沈。なんとか耐えたネフテリアがそのまま連れていかれ、2人でミューゼのベッドで寝る事になってしまった。
「……シス、ごめん」
『了解』
嬉しいが不本意な展開に、ネフテリアは影に向かって小声で謝り、ミューゼの部屋へと消えていった。
撃沈した2人はというと、アリエッタがいるからと姿を現さなかったイディアゼッターによって血を拭き取られ、ソファに寝かされ布団を掛けられていた。
「これでよし。そういえばお嬢が助っ人を鍛えてくると言ってましたね。ニオ殿をあてに出来れば話は早かったのですが、どうするつもりなのでしょう。様子を見てきますか」
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