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「ミューゼの香りに興奮して寝られなかった……」
「でしょうね!」
フラフラとエルトフェリアに戻ってきたネフテリアの第一声がそれだった。
「でもアリエッタちゃんの寝顔が可愛いせいでもあるわ」
「大して違いはありませんよ」
元気は無いが、満たされたような笑顔。しかし頭の上の花はクタリと垂れている。
この花の状態が体調を表しているのなら、凄く便利だとオスルェンシスは考えた。しかし、そのために威厳とシリアスを犠牲にするのはどうなのか、という葛藤が芽生えている。
(いや待てよ。今までシリアスだった事はあったか?)
なんともナレーションし辛い結論に至り、ナーサと共に本日の予定を決めていく。3人ともすっかりエルトフェリアの幹部の立場に落ち着いているようだ。
「そういえば、ピアーニャに会いに行かなきゃ」
「あ、ハウドラントに行くんですね」
「え? あ、違うよ」
「そうなのですか? ではどこに……」
「そっか、知らないのね。ゼッちゃんは、『ヴェレスアンツ』にいるって言ってたけど」
「えっ、あの人まだ強くなりたいんですか?」
「違う違う。助っ人の特訓って言ってたよ」
「助っ人? 一体何の?」
「それは……──」
── ヴェレスアンツ──
強くなりたくば進むがよい。ここは戦う者達のラビリンス。
幾層にも重なった戦地は、奥へ進む者に牙を剥く。
戦え、戦え、戦い続けろ。神は熱き血潮を望んでいるぜ。
いつか最奥にたどり着くその日まで……───
「いやすみません、このリージョンを創った神はケンカ大好きな筋肉野郎でして」
「初っ端ぶっちゃけすぎなのよ!?」
ミューゼ達はイディアゼッターの案内で、ヴェレスアンツへとやってきた。いわゆる小旅行である。
「今も最深部で特訓しているんじゃないでしょうか」
「暑苦しい神様ですね」
いきなりリージョンの内情を知らされ、どう反応していいのか分からないミューゼは、とりあえずテキトーに返しておいた。
その隣では、ニオがネフテリアと手を繋いで、アリエッタの方に視線を向けないようにしながら辺りをキョロキョロと見回している。
「ニオはリージョンの転移は初めてなんだっけ?」
「えっと、転移はしたことあるんですけど、ニーニルに移動する為だったので……」
「そっかー」
普段は大人しくネフテリアの事も少々怖がっているニオだが、初めて見るリージョンの風景に子供らしく興味深々である。
そしてアリエッタも新しいリージョンに興味が尽きない。ニオよりは落ち着きがないので、ミューゼがしっかりと手を繋いで止めていた。
「ミューゼ、すごい! そら! ぐーるぐーる!」
「そうねー。アタシも初めて見たけど、こんななんだ、ヴェレスアンツ」
「ヴェレスアンツ、すごい!」(これがヴェレスアンツっていう世界か。いかにもファンタジーな平原と空だ)
騒いでいる原因は空の形にあった。まるで今いる場所を中心に世界が回っているかと錯覚するような渦を描く雲。中心にはひときわ明るい1つの星が煌々と輝いている。
転移の塔を出てからは、そんな景色を眺めながら平原の中に整備された広い道を進んでいた。向かう先にはかなり大きな建物がある。
道すがら、イディアゼッターがヴェレスアンツについて簡単に説明をしていた。アリエッタと、アリエッタの面倒を見ているミューゼは話を聞いていないが。
「戦うのが大好きな神なので、リージョン自体も戦いしかありません。あまりにも酷かったので、ヒトが生きられるようにあのようなセーフティエリアを強引に作らせました」
「とんでもない神様ね……」
イディアゼッターが指した巨大な建物は、山のように高くそびえ立ち、白銀に輝いている。少し離れた場所にある転移の塔から見ても、その広さはエインデルブルグよりも広いと見て取れた。
「これがヴェレスアンツ唯一の建造物であり、戦う者達の拠点となっている『ジルファートレス』でございます」
「いちいち名前が物々しいわね」
「儂にいわれましても……」
ジルファートレスは、神によって作られてから数万年、決して傷一つ付く事なく人々を守り続ける要塞である。人は勿論、狂暴な生物が毎日大量に襲い掛かってもビクともしないという。
「あの、まるで狂暴な生物がそこら中にいるような言い方……」
ニオが恐る恐る聞くが、ネフテリアがあっけらかんと答えた。
「うん。ほらあっちに沢山いるでしょ。あ、そっちにも」
「ふえええっ!?」
悲鳴に驚いたアリエッタもそっちを見ると、遠くで4本腕の猿のような生物が殴り合っているのが見えた。
「ここは戦う生き物のリージョンなの。外にいるのは闘争本能しか持たない野獣ばかり」
「昔からこのリージョンでは、その野獣の事を『ヴェレスト』と呼んでずっと戦ってきたのですよ。もちろんヴェレスアンツで生まれた方は闘争が大好きです。強くなる為に戦い、戦う為に強くなるのです」
「ほんっとーに暑苦しいリージョンなのよ」
説明が進むたびに、パフィの顔が渋くなっていく。暑苦しいのは我慢すればいいが、そんなものをアリエッタに見せていいのか悩んでいるのだ。
今回このリージョンにやってきた目的は、何かをしているピアーニャに会って差し入れをする事。しばらく顔を見ていないので、アリエッタが心配そうにピアーニャの話をして泣いてしまったのがきっかけである。
まだ言葉足らずで制御がしっかり出来ないので、他の危険なリージョンに行くのは控えるのだが、アリエッタの泣き落としによってイディアゼッター同伴でならと許されたのだった。
なお、ニオはネフテリアに連れてこられただけだったりする。一緒に行動して慣れたら、苦手意識が少しくらいは減るかもという打算はあるが。
「入ったらむさくるしいと思うけど、わたくしがなんとかするから気にしないでね」
「えっ?それはどういう……」
ジルファートレスに到着し、そう言いながらネフテリアは門をくぐった。
「女だあああ! 女がきたぞおおおお!!」
『ヒャッハアアアアア!』
「あっちいけ【衝風破乱】!」
ヒュバババババンッ
『ヒデブッ』
なにやら興奮した男達が寄ってきて、容赦なくネフテリアが空気の破裂弾を乱射。近くにいる者達を片っ端から吹き飛ばした。
「さ、あっちよ」
「なんか関係ない人の方が、たくさん吹っ飛びませんでした?」
「細かい事は気にしない」
『ちょい待てえええ!』
巻き込まれた方は軽傷だったのか、すぐに起き上がってネフテリアに抗議する。
「なによ。こんなちっちゃな子2人いるのに動く気なかったんだから、半分くらい同罪でしょ」
『あ、それもそうっすね。すんませんでした』
「素直!?」
なんとアリエッタとニオを盾に説得され、全員あっさりと引き下がった。そのまま襲い掛かろうとしていた男達を掴み、ボコボコにしながら奥へと引っ込んでいった。
「あーゆー奴らって普段から周りに迷惑かけるから、自然と淘汰されるのよ。ヴェレストだらけの場所で人を敵に回すと、生きて帰るなんて出来ないからね」
「えっと……?」
「つまりどういう事なのよ?」
「このリージョンでヒトが安心して休息をとれるのは、転移の塔とジルファートレスの中だけなのです。そんな所で周囲のヒトと敵対すれば、すぐにヴェレストだらけの外に追い出されて、中に入れてもらえなくなりますよ。皆さん張り切って戦いに来ただけあって、行動力はありますし」
ヴェレスアンツには様々なリージョンからの実力者達が集まっている。さらに原住民のヴェレスアンツ人は、戦闘狂ではあるが戦闘以外ではかなり温厚な性格になる。そんな連中が集まっている所で暴れようものなら、かなり腕に自信があったところで、実力者の大群に囲まれてしまうのだ。
ちなみに転移の塔も安全になっているのは、リージョン開通時にイディアゼッターがヴェレスアンツの神に安全地帯追加の注文をしたからである。
「もしバルドルやロンデルみたいな強いヤツが悪事を働いたとして、ちょっと弱い相手だろうと100人以上に囲まれてはどうする事も出来ないって事よ」
「それは怖いのよ」
「隠れて悪事を働く事も難しいですしね」
「どうしてですか?」
「それはすぐに分かります」
喋りながら、入り口から真っ直ぐの大きな通路を進んでいく。
周囲には逞しい男女だけでなく、体を変形させて動きを確認しているクリエステル人、道具を整備しているワグナージュ人、瞑想して気を落ち着かせてるファナリア人などもいる。
「あ、サイロバクラム人なのよ。すっかり外界に馴染んでるのよ」
「訓練にここをオススメしたら、喜んでたわ」
「あそこ、変な争い多かったですからねぇ……」
サイロバクラムでの数々の争いは記憶に新しい。レンジスタンスはすっかり勢力を失ったとはいえ、派閥争いや狂暴な生物などは健在なのだ。強くなるのも当然だが、他のリージョンの戦力確認も兼ねているのだろう。
しばらく歩くと、広い通路よりもさらに広い場所に出た。ここは「中央ホール」と呼ばれ、外へ行く為の手続きと、上の階からは外の様子を見ることが可能な場所になっている。さらに、中央の上には、外で戦っている光景が複数空中に投影されている。
「壁側にあるのが受付です。手続きをすると、向こうの出口から外に出られます。上の階は見学用ですね。我々は後でそちらに向かいます」
「あの上の動いてる絵は?」
「外の様子を見る事が出来るのです。このリージョンでは戦う姿を見られるのです」
「手の内を知られるのよ?」
「もちろん希望者は見られない方にも出来ます。その場合、見られる方々とは別の場所に行くことになります。そして命の保証は一切無くなります」
「ほら、悪い奴とかがヴェレストのせいにして殺っちゃう場合があるから」
「な、なるほど」
「……きてしまったか」
イディアゼッターが中央ホールの説明をしていると、横手から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ピアーニャ!」
ヴェレスアンツへ出かけると言ってしばらく帰ってこなかった総長ピアーニャである。早速アリエッタに駆け寄られ、渋い顔になった。それと、
「……メレイズ?」
ピアーニャの隣には、ハウドラントで出会った少女メレイズが立っていた。小さな体の負担にならないよう、部分的に防具を着け、体には少し生傷がついている。
「あら、メレイズちゃん。こんな所で何してるの?」
「それは──」
ピアーニャが説明しようとした時、メレイズが急に険しい顔つきになった。
そしてアリエッタの手を取って、ニオに向かって警戒心をむき出しにして叫んだ。
「アンタなに? さてはアリエッタちゃんの事狙ってるでしょ!?」
ニオは全力で首を横に振った。