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「カリーヌ・アーレンハイム! お前の悪事は全て掴んでいる。この場で、お前との婚約を破棄する!」
身に覚えのない断罪を受けて、真っ青になったカリーヌは、だんだん意識が遠のいて行きそうになる。
だが――公爵令嬢として、衆目に晒されながら、無様に倒れることなどできない。目眩を堪え、どうにか正面を見据えていた。
王太子であるアレクサンドル・ベネディクトにペッタリ寄り添うのは、スフィア・ガルニエ男爵令嬢。ふわふわのピンク色の髪で、愛らしい顔立ちは男性の庇護欲を誘っている。
「お言葉ですが、殿下。悪事など……私には全く身に覚えがありませんわ」
アレクサンドルは、カリーヌに冷ややかな視線を送ると、忌々しそうに話を続けた。
「お前は、この優しく可愛いスフィアに嫉妬し、嫌がらせをした! 下手をしたら、命まで奪うような怪我をさせようとしたではないか!」
「アレク様……」と、スフィアはアレクサンドルの手を取ると、ウルウルとした瞳で見上げた。
アレクサンドルは、スフィアを安心させるように頷くと、カリーヌを睨みつける。
「今日をもって婚約は破棄! お前をこの国から追放する! そして、このスフィアと私は婚約を」
そう言いかけた時だった。
――ドサッ!!
アレクサンドルとカリーヌの間に、何かが落ちて来た。
「あたっ! くゔー尾骶骨がぁ! お尻が割れるぅ」
そこには、全身黒尽くめ――口元だけ白いマスクをした、黒髪黒眼の少女が「……イタタタ」と蹲っていた。
◆◆◆◆◆◆
私、山田沙織と申します。
来週に控えた、文化祭で行われる高校内のアイドル決定戦の最終選考の為、今日もまた夜暗くなってから、黒のサウナスーツに身を包みジョギングをしていました。ご近所に顔バレしないように、マスクもしっかり着用して。
うちの高校のNo.1アイドルに選ばれると、かなりの確率で芸能界からスカウトが来るのです。一応、演技審査等もあり、わけのわからない台詞の練習もしています。
べつに、芸能界に興味はありませんが。
中学時代、ちょっとばかりイジメというやつを体験しました。当時は、今より少しぽっちゃり気味でしたが外見でのイジメではなく、男子絡みのイジメを受けました。
正直、私は男子に好かれるタイプではありません。大人しいのではなく、勝気なタイプなものでして。
ある日、仲の良い友人Aが「同じ部活の男子Bが私と付き合いたいと言っている」と言ってきました。友人Aは友達の多い明るい美人さんで、よく人の為に動きます。
私は断りましたが、その友人Aに少しだけでいいから付き合うよう頼まれ、試しに付き合ってみることに。その男子Bは意外と良いやつで、楽しい日々を過ごしていました。
そんなある日。
委員会が終わって誰も居ない教室に入ると――。
私の机にはぎっしりと、鉛筆で悪口が書かれていたのです。一緒にそれを見てしまった、大人しいタイプの友人Cは、泣きながら消しゴムで消してくれました。
内容は様々でしたが、男子Bにはお前は相応しくない的な内容がメインだったので、完全なる嫉妬からの嫌がらせだと理解しました。勿論、私がただ泣き寝入りする筈もなく、犯人はしっかり突き止めましたが。
犯人は友人Aとその取り巻きでした。どうやら彼女は男子Bが好きだったみたいです。
なら、付き合えなんて言わなきゃいいのに。そう思いましたが――。
Bには自分の良いところを見せつつ、私の悪口を吹き込み、いつの間にか二人は付き合っていたのです。後日、私は彼から振られる予定だったみたいなので、こちらから振ってやりました。
「どうぞ、二人でお幸せにっ!」と。
ちなみに、友人Cは今でも親友です。
それから私は、人を見る目を養うようにと、人間観察や自分磨きをしまくりました。結果、高校に入りアイドル最終選考に残ったわけです。
――そして。
今日も日課であるジョギング中に、想像を絶する事態が起こったのです。
いつもの広い公園を走っていると、急に足元が光り、円陣みたいな物が浮かび上がったと思ったら、そのまま吸い込まれてしまいました。
吸い込まれた次の瞬間には、落下していき……突然の着地。それもガッツリお尻から勢いよく。
で、今に至ります。
◆◆◆◆◆◆
「あぁ、痛かった」
お尻を摩りながら顔を上げると――。
そこは豪奢なシャンデリアがキラキラしていて、まるで御伽噺にある、お城の舞踏会が行われるような場所だった。
正面には、驚愕に目を見開く王子様的な存在と、それに寄り添うぶりっ子風な女の子。後ろを見れば、真っ青で震えている綺麗な女の子が。
周りには貴族みたいたな格好をした、若者がたくさん居た。向こう側のちょっと高い所に座っているのは、王様っぽい風貌をしている。
(……なにこの状況? 私はジョギングしてたはずよね?)
よく見ると、友人Cがど嵌りしていた『乙女ゲーム』のキャラたちに酷似しているではないか。
(私の記憶力は頗る良い!)
自分ではプレイしたことはないが、友人Cがよくやっていて、隣でさんざん解説された記憶があった。王太子の攻略法やら、特別アイテムやら。色々な攻略者のルートもあったはず。
(これって、もしや最初の断罪イベントってやつじゃぁ!?)
まさかと思うが、それ以外考えられなかった。
「おっ、お前は誰だっ!? 不吉な黒髪に黒い目、黒尽くめの変な格好をして! もしや……悪魔かっ!?」
(不吉……しかも悪魔って)
――カチン。
いかにも王子様っぽいキャラ名は、確かアレクサンドルだった。隣に立っている女の子は、ヒロインで光の乙女のはず。なのに笑顔と一致しない、嫌な目つきをしている。
バサっとフードとマスクを外して、アレクサンドルに冷たい視線を送った。
(私のアイドル審査用の演技を、とくと見よ!)
「わたくしは……訳あって、他の世界より遣わされし者なり。王太子アレクサンドルよ。隣に寄り添う光の乙女との浮気を誤魔化す為に、公爵令嬢を陥れるなど言語道断っ!!」
「なっ!? 浮気など、していない! それに、嫌がらせの証拠だってある!」
「ほほう、左様ですか。身分の高い人間が、婚約者でもない女性と触れ合っておいて? まさか、その繋いだ手は、他の人間には見えない魔法でもかかっているのですか?」
慌てて手を離す二人を、周りも少し怪訝そうに見た。
「ちなみにっ! 証拠ってのは、こちらの公爵令嬢が何かしたのを現行犯として捕まえたのですか?」
背後のカリーヌは、否定するようにプルプルと首を横に振っている。
「まさか! アレクサンドル殿下ともあろう方が、その乙女の言葉と、曖昧な物的証拠だけで仰ってはいませんよね?」
「……っく!」
アレクサンドルは、苦虫を噛み潰したような表情になった。
(はぁ、まさかの図星とはね)
「わ、私は確かにカリーヌ様に嫌がらせを受けました!」
「へぇ。では王直轄の影の存在に、嘘偽りの無い証拠を見つけていただいてはどうでしょうか? それから、貴女がプレゼントした(高感度アップ)お菓子の内容成分の検証もお勧めします。その恋心……魅了の媚薬などの影響が入ってないと良いですね」
ニッコリと笑みを向けると、真っ青になるスフィア――。
「ち、ちがっ、薬なんてっ」
(あー、これ完全に入ってたな薬。うーん、なんて名前のアイテムだっけ)
思い出そうと悩んでいると、その場に居た王家の近衛や従者がスフィアを取り囲む。慌てたアレクサンドルが、スフィアを守るように立ちはだかった。
(今のうちに!)
パッとカリーヌの手を取ると、私はその場から走り出す。
「やめろっ! そ、それより、あの悪魔をっ……えっ? い、居ない!?」
遠くでそんな声が聞こえたが、当然無視だ。
カリーヌは理解できず、引っ張られるままドレス姿で走る。
「ちょ、ちょっと……お待ち……ください、ませ」
ぜぇぜぇとしながら、カリーヌが話しかけてくる。
「話はあとで! もうちょっと頑張って!」
広い廊下の向こうから、ひとりの男性が手招きしながら叫ぶのが見えた。
「こっちへ! 早くっ!」
知り合いの居ない世界で、自分の勘だけを信じてその男性に駆け寄ると――。またも魔法陣らしきものが発動し、今度は三人で転移していた。