リリアンナの身体にそういう変化があれば、少なくともナディエルから侍女頭のブリジットへ、そうしてブリジットから執事のセドリックへと報告が上がり、ランディリックの耳にも入ってくるはずだ。
今のところそういう情報は入ってきていないので、屋敷内の人間の認識的にはデビュタントを迎えていないリリアンナは〝少女〟という扱いなのだ。
なのにそんなリリアンナを相手に、自分が抱いている感情は何だろう。
(僕は……リリーに対して、やはりその辺の倫理観が壊れているんだろうな)
友・ウィリアムが心配していたのは、そういうところなのだ。それはランディリックにも、理屈では分かっている。分かっているが……どうにも制御しがたいのもまた事実だった。
「それでね、明日、仔馬に触れさせてもらえることになったの! ――ねぇ、ランディ、聞いてる?」
キュッとそで口を引かれて顔を覗き込まれたランディリックは、ハッとする。どうやら心ここにあらずな状態でリリアンナの話を聞いてしまっていたらしい。
「……ああ、聞いてるよ。仔馬に会えるんだね」
「うん。ブランシュのご機嫌がよかったら……って条件付きなんだけど」
母馬の状態と、もちろん仔馬の健康状態を考慮しなければならないが、問題なければ初体面させてもらえる約束を取り付けたらしい。
にこやかに微笑むリリアンナの笑顔がまぶしくて、ランディリックは小さく吐息を落とした。
冬の日の入りは早い。
こうして話している間にもどんどん道は薄暗くなっていた。
手に捧げたランタンでリリアンナの足元を照らしながら、ランディリックは「それは楽しみだね」とつぶやいた。
「うん、すっごく楽しみ! ランディが私にくれるって言ってた私の仔馬だもの! 私が付けるまで名前も付けられないらしくて……仔馬ちゃんって呼ばれてるらしいんだけど……。灰色の毛並みに、ところどころ白い模様が浮かんでいて、とても綺麗だってカイルが言ってた……。毛色は確か……えっと……」
「ダップルグレー?」
カイルの代わりに馬たちの世話をしている兵士らから、そんな報告を受けている。
「そう、それ!」
ランディリックの言葉にリリアンナがパチンと手を叩く。
「で、リリーは、その子にどんな名前を付けるつもりなのかな?」
ランディリックが静かに尋ねると、リリアンナは困ったように眉根を寄せた。
「……まだ決められていないの。せっかくだから、ちゃんと考えてあげたいなって思ってる。だって……私の大事な馬になるんだもの!」
無邪気なその言葉に、ランディリックの胸はまた熱くなる。
(そうだ……リリー。あの子はキミのもの。そしてキミは――僕のものだ)
その考えが胸に巣くった瞬間、ランディリックはグッと奥歯を噛みしめた。
(……バカなのか、僕は。リリーはいずれ、ウールウォード伯爵家の令嬢として、しかるべき婿を迎えるはずなのに……)
分かっているのに、どうしても理性では抑えきれない。彼女の小さな笑顔ひとつで、胸の奥の暗い欲望が膨らんでしまうのだ。
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