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#ファンタジー
超人的な身体能力を持つ黒野は軽々と跳躍、船にある窓の縁や柵を足場にすると簡単に甲板まで登ってみせた。新田は着いてきていない。
「新田には未だ眠っている久保田達3人を安全な場所に移動させてほしい。適当な部屋で鍵を閉めて籠城しておけ。俺が全て片付ける」
そう伝え、高浪と赤沼の2人を抹殺しようと動き出した。すぐそばで待ち構えている可能性を考慮し物陰への警戒を強めながらゆっくりと歩く。羽田が殺されている事も確信していた黒野は更に冷酷さを増している。
「欺瞞を振りまく犯罪者どもに、俺がこの手で引導を渡してやる」
勢いよく操舵室の扉を蹴破った。モニターは既に全てが壊されていた。監視カメラの映像は見れなくなっている。黒野は本気だ。もし自分がここで敗れてしまった場合、仕組んでいたデスゲームを暴かれ逆に犯罪者なのだと世間から罵られてしまう。それだけは避けたかった。
「やぁ、さっきぶり」
船内プールに辿り着いた黒野を待ち受けていたのは高浪。の、声だけ。レストランにあったテーブルや椅子が大量に散らばっていた。水が抜かれたプール内部にも所狭しと倒れている。
「大人しく出てこい。お前に勝ち目はない」
「そんなこと言われて、出てくるような女じゃないってことは分かってるでしょ」
詳しい位置は分からなくとも、声が聞こえてくる方向は把握できる。黒野は少しでも多く会話する事を選んだ。
「俺の過去……お前も知ったんだろう? 知り合いだけじゃない、幼い頃からの親友や家族までもが、皆が罪を犯していた。大小さまざまなそれは処罰の程度もさまざまだ。俺はそれに納得がいかなかった」
余裕の足取りでプールサイドを歩き始めた黒野。しかし隙がない。例え背後から襲撃したとしても、仕留め切れる確信は高浪でも持てないほど。
「ひとりひとり逮捕し、恐怖と罰を与えていてもキリがない。だから俺は……見せしめを用意すると決めた。お前も知っているだろうが、俺の仲間には大物YouTuberがいる。彼女のチャンネルが何者かに乗っ取られたというシチュエーションで、お前達のデスゲーム動画を配信する。無論、すぐに消されるだろう。だが他のアングラ系サイトへの転載は俺達が何もせずとも行われるはずだ」
黒野は久保田から伝授された能力を使用。観察する力に長けた彼が身につけていた“見る”力。聴覚や触覚への集中は最低限に抑え、目の前に広がる景色の中で動いたものを即座に判断する。久保田との特訓で得たこれを黒野は気に入っていた。戦場カメラマンとして活動する久保田、その長年の勘と経験には及ばないものの、黒野は射撃技術も兼ね備えている。
「罪を犯してしまえば、こんなゲームに巻き込まれる危険性がある…………そう民衆に伝えるんだ。この1回だけでは済まさない。動画が出回った後でも犯罪を重ねる馬鹿どもがいたら、そいつらもだ」
「なるほどね〜……私達と似てるところもある感じだね」
「なんだと?」
似てる、そう犯罪者に言われてしまった。黒野へのこれ以上ない侮辱の言葉だ。
「タケさんの奥さんが犯した罪を公表したの、貴方でしょ。学生時代、虐待されていた同級生を助けるためにその親を傷つけた傷害罪。同級生は県外に逃げて平穏な生活を送っていたみたいだけど……貴方が十数年後に公表したせいで、タケさんと奥さんは仕事を失った挙句出所してきた虐待毒親が結局同級生を暴行。植物人間状態になっちゃったんだよ」
「結果、心を病んだ竹之内達は心中を計るも妻と娘だけが死亡したというわけか」
「なに他人事みたいに喋ってんの? 殺したのは実質お前だろうが。私達はお前みたいな偽善者を見せしめにしてやろうと思ってたんだ。お前だけじゃない。新田、久保田、平はもちろん、蛎灰谷は自衛隊の救出任務でクレームを入れられていたうえいまいちやる気を見せていなかった。山岡は現場の事情も知らないで環境がどうのとか言って負担を増大させてた。紙ストローって、なに」
高浪の声が聞こえる方へと黒野は歩いていく。会話に意識を割かせる事でも黒野の有利な状況が作れる。レストランへと繋がる扉の近くに潜んでいると予想した黒野は更なる挑発。
「誘拐に人殺しまでしてる奴が言えることか?」
「頭痛がするかしないかで善悪を考えてるからね、私は」
「そうか───」
黒野の視界の右端でテーブルのひとつが動いた。見逃さず銃口を向けた黒野は発砲しようとしたその瞬間。テーブルの足に巻き付けられた縄に気がついた。テーブルが動くまでは他の椅子等で巧妙に隠されていたため今になるまで見えなかった縄。最初のゲームで高浪達を縛っていたものだ。高浪はこれを動かし黒野の気を引いた。
「とった!」
黒野の視界の左端に倒れていたテーブルの陰から高浪は現れ、発砲した。勝利を確信した銃弾は黒野の頭部目掛けて飛んでいく。
しかし。黒野の実戦経験は高浪が想定していた遥か上。左利きの黒野に左方向から攻めた事が失敗だった。常人を超えた反応速度でアサルトライフルを盾がわりにする事で銃弾を防いだ。だが衝撃により発砲機構が崩壊し銃としての役割を果たせなくなる。それに気がついたのは黒野の方が先だった。武装を破壊したと高浪が認識したその時には、黒野は既に走り出していた。
「だから愚かなんだよ」
高浪の瞬きが行われた直後には、彼女の視界は黒野の握り拳で埋まっていた。圧倒的なスピードを伴ったストレートパンチは高浪の鼻の骨を折り、追撃として腹部への蹴りも。無様に吹き飛ばされ壁に背中を強打した高浪は一瞬だけ意識がなくなった。握っていたピストルも落としてしまっている。
「赤沼はどこだ? あいつの他にも生き残りが居るのかどうか、ということも吐いてもらおう」
奇襲を考慮し他の人物の生存状況も聞き出そうと企む。だが黒野も知り得ない情報がそこにはあった。高浪が先程使用していた縄。指や爪で引っ掻いた傷があちこちに残っている。
自らを縛る縄を解こうと────否、“幻覚を掻きむしる”ためにできた傷だ。幻覚を見ていた人間。薬物中毒によりゲームから離れていた人間。八木 緑を縛っていた縄。彼は、解放されていた。
荒い息を晒しながら新田は走った。彼女は黒野の実力を知っている。敗北は有り得ないと感じてはいたものの、やはり平のそばにいてやりたいという思いが強かった。他にも久保田と|蛎灰谷《かきばや》が意識を失ったまま倒れている。彼ら3人と共にどこかの部屋に避難しておく。それが新田に与えられた使命。
「ももかちゃん……!」
ピンク色のプレートの部屋に急いだ。そこで平は左肩の肉を新田にえぐられ、あまりの痛みで意識を失い寝転んでいるはずだった。けれども部屋の扉を開けた新田の目に映った光景は。
「……は?」
思わず声が出た。そこに居たのは平だけではなく久保田と蛎灰谷も。想定外だったのは。蛎灰谷が平に馬乗りとなりガラス片を何度も、何度も喉に突き刺していた。死んでいた。久保田も同様に、隣で全身を血に染められていた。
「死ね、死ね、しねよ」
蛎灰谷は左膝の裏側を破壊されていた。にもかかわらず身体を動かし2人を殺害。蛎灰谷は正常ではなくなっていた。自身を裏切り、“ゲームを仕組んだ”と言った黒野達へ復讐を誓う化け物へと変貌していた。
「お、お前も」
「い、いやぁぁぁ!!」
親友が殺された。仲間が殺された。今度は、自分の番。人生で一番の恐怖を味合わされた新田は泣きながら来た道を戻ろうとした。しかし振り向いた途端、何者かと正面衝突。情けなく尻もちをついた新田。
「あ……へ?」
またしても想定外の人物。目立つドレッドヘアに腕や足には掻きむしった痕。ぶつかったのは、目の焦点が合わず唇を細かく振動させる、八木 緑だった。隣には赤沼も立っていた。
「どうぞ」
赤沼の笑顔。ただし瞳は笑っていない。次の瞬間、八木の膝が新田の顔面に直撃した。舌を切り血を吐いても八木は容赦しない。崩れた新田の腹を踏みつけ、右側頭部に全力のキック。
「あ、あぅう」
羽をもがれた羽虫のように足掻いたが、彼女の足に手が伸びた。蛎灰谷の手だ。
「嫌……やだ! 助けて! いっ、ももかぢゃ」
一気に部屋の中にまで引きずり込まれ、ガラス片で刺殺される。赤沼と八木には悲鳴と刺した時のグロテスクな音のみが届いた。2人は見つめ合うと『殺されて当然だよね』とでも言うように頷いた。
「うわ、酷いですね」
新田の声が聞こえなくなったタイミングで2人も部屋に入った。当然、蛎灰谷は警戒をゆるめない。対して赤沼はこの場の主導権を握っていた。
「お前らは、なんなんだ?」
「僕達は別の船でデスゲームに巻き込まれていました……黒野 将吾。彼が仕組んだゲームに。同じ被害者ですよ」
嘘は言っていない。故にボロは出さなかった。
「ですが僕達の方でゲームをクリアし、黒野との正面衝突が始まりました。僕達の仲間が1人立ち向かっていますが貴方にも力を貸してほしいんです……蛎灰谷さん。どうか。お願いします。あの憎き黒野を、共に打ち倒しましょう」
直角で頭を下げた。蛎灰谷と八木に表情は見せない。見せられるわけがない。満面の笑みだ。ゲーム開始後は常に高浪の監視下にあった。そのため高浪と共に死ぬ、という願いを叶えるための準備や考えを練る暇はなかった。
今の僕はフリーだ。黒野を殺すことは前提として、この2人に加えて高浪さんも出し抜き、一緒に死ぬ。できるか? できるさ。舞台は整ってる。後に必要な道具をこの船の中で確保しつつ高浪さんの元へ戻る。黒野にも高浪さんを殺させはしない。僕の願いは、命を捧げる覚悟で叶えてやる。
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