テラーノベル
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黒野 将吾は冷酷な男。性格と過去を知っていた高浪だったが、彼の戦っている姿を直接見た訳ではなかった。あくまで残した結果のみ。高浪は彼の事を多少強い警官程度なのだと想定していた。
「俺の仲間……お前の知っている名前では“サトル”だったな。あいつを殺した奴はどんなものかと期待もしていたが。大外れも良いとこだ」
壁にもたれかかる高浪に対し、若干残念そうに黒野は呟いた。左の拳に付着した高浪の鼻血を振り払い詰め寄ろうとした。
「……まだまだやれるよ」
不敵な笑みで立ち上がった高浪。一瞬のうちに入れられた2つの打撃によるダメージは甚大だ。けれども出せる手札はいくつか残っている。待ち伏せに使った先程の策以外にも用意はしていた。
今度は高浪の方が走り出す、と見せかけて足元にあった椅子を蹴り飛ばした。これが単なる攻撃ではない事は黒野も感じ取り、寸前で身体をずらし回避する。その隙に高浪は近くのテーブルの裏に隠しておいた包丁を取り出した。そして突き刺すのではなく、投擲。
「“サトル”の真似事か?」
「どうだろうね!」
黒野の身体能力であれば包丁を回避する事は容易い。だが用意しておいた包丁は豊富だ。5本を左手で持ち、1本ずつ右手に持ち替え4回の投擲をしつつ接近した。肉弾戦では勝ちの目がないと判断した彼女は刃物による一方的な蹂躙を理想とした。回避に精一杯になっていた黒野の首元へと切っ先を差し向けたが。
「つまらないな」
左手の人差し指と親指だけで、簡単に止められた。さながら万力のような力によって刃の先端は砕け散る。
「……はぁ?」
常人離れしたパワーを改めて実感した高浪は呆れ笑い。間もなく高浪の腹部に強烈な右ストレートが入れられた。強烈な一発、だと高浪は感じ取ったが実際には3回の打撃が行われていた。一発だと錯覚させるほどの高速。3歩後ずさった高浪は一瞬、意識が飛んで仰向けで倒れてしまう。
「……来たか」
止めをさそうとした黒野の耳には足音が入った。妥協しない全速力の音は大きく、レストランへと通じる扉が勢いよく開かれた。薬物の作用によって興奮状態真っ只中の八木 緑が現れた。言葉も発さず正面から黒野に突撃。
「あの薬物でハイになっているのか?」
痛みによる抑止力は通用しないと踏んだ黒野は折れた包丁を捨て徒手空拳を選択。痛覚の鈍い相手にも、自慢の打撃で仰け反らせる事により隙は作れるからだ。
「だが大雑把だな」
「殺してやるよ」
シンプルな殺意の言葉のみをプレゼントする八木。赤沼から一通り現状は説明されている。竹之内と水谷が死亡した事、お互いにゲームを仕掛けていた事。そして黒野を殺さなければ窮地を脱出できない事も。しかし黒野の格闘能力は一級品。薬物の影響によって痛覚が鈍くなり普段より腕力も増大しているというのに、八木の攻撃は全てが捌かれ優位に立てない。そんな時、おもむろに高浪が立ち上がり再起する。
「まだやれるって言ったでしょ」
口から血を垂れ流しながら八木の加勢に入った。このしぶとさには黒野も驚いていた。散らばった包丁をひとつ手に取り斬りかかる高浪と、暴力と思考のリミッターが外れた八木。流石の黒野もこの2人を無傷で抑え切れる事は不可能だった。左手首に八木のパンチを、右肩に切り傷を負ってしまう。だがそれだけだった。
2人の攻撃の合間を突き、それぞれの腹部に掌底を打ち込んだ。高浪はつい先程も腹部に打撃を受けていたため、重なった痛みを味わい悶絶しながら転がり込む。八木は突き飛ばされながらも足元に目をやった。高浪が落としてしまっていたピストル。受け身を取りながらさりげなくピストルを蹴り、レストランへと通じる扉の前に飛んでいった。
「他の連中も生きているかどうかは知らないが……この様子だと南と竹之内は死んでいるな」
たった二撃しか与えらなかった。その事実を受け止めていたのは黒野本人だった。例え赤沼が乱入したとしても負ける事はない。勝ちを確信した黒野は落ちていた包丁を手に取ろうとした。
だが彼が予想していなかった乱入者がその場に現れた。扉から這いずって現れたその男。八木が蹴ったピストルを握り正確な狙いをもって発砲する。
「───蛎灰谷!?」
最も殺意に満ちた瞳と表情。怒りに身を任せた蛎灰谷の凶弾が黒野を襲う。咄嗟に身を守ろうとした左の掌を貫通し耳にも穴を開けた。八木は無表情のまま、高浪は高笑いと血を吐きながら駆け出す。高浪が考案した策はこれで最後。味方になってくれる可能性がある蛎灰谷が生きていた事に高浪は歓喜する。チャンスは今しかない。黒野をこれ以上動揺させる機会は存在しない。ピストルの銃弾はあと1発残っている。左右から八木と高浪、正面からは蛎灰谷が銃撃を狙う。ついに黒野にも緊張が走った、その時。
轟音。何かが爆発した。4人全員にとって予想だにしていない事態が起こる。船全体が炎上を始めていた。そして操舵室の扉がゆっくりと開き。
「それでは、楽しんでください」
満面の笑みの、赤沼 悟。彼の左手には空になった大型ビーカーが。元々は硫酸が入っていた、久保田が右腕を突っ込んだビーカー。中身は既に空だった。そして右手は消化用のホースを掴んでいる。振り向いた黒野に向かって液体が放たれた。船を動かすために使う燃料、重油。赤沼はこれを黒野の全身に浴びせた。
「僕の願いは果たされる」
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