テラーノベル
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それから数日。
先生とは以前より少しだけ距離が近くなった気がする。
けれど、やっぱり彼は一線を越えない。
「〇〇、ノート貸してくれるか」
いつものように授業中、前の席から声がかかる。
ただの事務的なやり取りのはずなのに、私の胸は高鳴ってしまう。
あの日、先生が言った「揺れるときがある」という言葉が、ずっと頭から離れない。
放課後、廊下を歩いていると、前から先生がやってきた。
「おう、帰るのか」
「…はい」
すれ違いざま、先生の腕がほんの少し私の肩に触れた。
その瞬間、全身が熱くなる。
振り返ると、先生もなぜか立ち止まっていた。
でも次の瞬間には、何事もなかったかのように歩き出す。
その背中を見つめながら、私は心の中でつぶやいた。
(…先生、ずるい)
クラスの出し物は、メイド喫茶に決まった。
最初は「絶対やだ!」と抵抗していた〇〇も、結局はクラス全体の流れに押し切られ、仕方なく黒と白のフリルがついたメイド服に袖を通すことに。
スカートの短さに何度もため息をつきながらも、鏡に映る自分を見て「ま、まあ…変じゃないよね」と小声で呟く。
文化祭当日。教室はすっかり喫茶店に変わり、客としてやってくる生徒や保護者で賑わっていた。
忙しく注文を取っていた〇〇がふと顔を上げると、廊下から見慣れた背の高い影が近づいてくる。
——吉沢先生。
「おー、先生!ちょうどいいとこに!」
クラスメイトが笑いながら手招きする。
「先生、うちの看板メイドですよ〜。どうですか?」
突然そんなことを言われ、〇〇は「ちょ、やめてよ!」と慌てる。
先生は一瞬言葉を失い、視線が僅かに揺れた。
そして、苦笑しながらも小さく——本当に小さく——「似合ってるな」と呟く。
その声は、騒がしいはずの教室の中でなぜか鮮明に耳に届いた。
胸の奥が、唐突に熱くなる。
(……聞こえないと思って言った?)
夕方、文化祭が終わり、教室は片付けモードに。
机を動かしていると、偶然、先生と二人きりになる瞬間が訪れる。
机を持ち上げようとしたとき、手が触れた。
一瞬でお互いの動きが止まり、視線が絡む。
ほんの数秒なのに、息が詰まるほど長く感じた。
先生はわずかに息を呑み、そっと手を引っ込める。
「……お疲れさま」
その声は、いつもより低くて柔らかかった。
〇〇が視線を逸らすと、先生も同じように目を外す。
でもその耳の先が、わずかに赤くなっているのを見逃さなかった。
(……もしかして、先生も)
気づかないふりをしながら、片付けを再開した。
けれど心臓の高鳴りは、最後まで止まらなかった。
第11話
ー完ー
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