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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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スペクターの私室の中央で、古代吸血鬼ノスフェラトゥは、人生最大の試練――あるいは人生最大の恥辱の瞬間に直面していた。
数日間にわたる「吸血のお預け」。
本能の飢えはすでに限界を超え、ノスフェラトゥの頭のなかは、スペクターの血管を流れるあの甘美な血の味で埋め尽くされている。
牙が疼き、喉が焼けるように熱い。
しかし、物理的な首輪が外されている今でも、彼の身体には「主の許可なく噛みついてはならない」という見えない条件反射が、呪いのように深く刻み込まれていた。
「……ノスフェラトゥ。ただ黙って私を睨みつけていても、何も与えられないよ」
長椅子に腰掛けたスペクターが、赤いシルクハットの隙間から、冷徹なほどに美しい微笑みを覗かせる。
手袋をはめた彼の指先が、わざとらしく自身のなめらかな首筋をなぞった。
衣服が擦れるわずかな音さえ、飢えた吸血鬼にとっては凶悪な挑発だ。
「私の血が欲しいんだろう? だったら、ちゃんと私に伝わるように『おねだり』をしなさい」
おねだり。
その言葉が、ノスフェラトゥの残ったプライドの欠片を激しく掻き乱す。
かつては数々の国を滅ぼし、夜の支配者として君臨した自分が、一人の男に向かって血を乞うなど。
だが、喉の渇きはもう限界だった。
一刻も早くあの肌に牙を立て、至高の報酬に溺れたい。
(おねだり……おねだりとは、一体どうすれば正解なのだ……!?)
恋愛経験も服従経験も皆無に等しい古代の王は、パニックに陥った脳内で、屋敷の図書室で偶然目にした「人間界のいかがわしい文献(大人の雑誌)」の記憶を必死に手繰り寄せた。
そこに書かれていた『殿方を一撃で落とす、悩殺のおねだりポーズ』という一節。
ノスフェラトゥは極限の緊張と羞恥のなか、大真面目にその教えを実践することを決意してしまった。
「く……っ、主様……。見て、ください……っ」
ノスフェラトゥは、顔を耳の裏まで真っ赤に染めながら、ゆっくりとスペクターの足元へ近づいた。
そして、長い黒髪をわざとらしく片側に流し、首筋を完全に晒す。
上衣のボタンを二つほど自ら引きちぎるように外し、露わになった鎖骨をスペクターへと突き出した。
さらに、腰をいやらしく、深く反らせ、両手を胸元に添えて上目遣いで主を見上げる。
どこからどう見ても、R-15指定の過激すぎる誘惑のポーズだった。
「……私に、その、お前の……あ、赤い、液体を……注いで、ください……っ」
羞恥心で今すぐ爆発しそうな顔をしながら、必死に声を震わせて迫る吸血鬼。
彼としては、これ以上ないほどにプライドを捨て去り、完璧な「おねだり」を披露したつもりだった。
しかし。
静寂が部屋を支配した。
スペクターは、その過激すぎるポーズで迫り来るノスフェラトゥを、じっと見つめていた。
数秒の沈黙の後、スペクターはふっと深い溜息をつき、赤いハットの位置を直した。
その目は、喜んでいるというよりも、心底呆れ果てた、極めて冷ややかな笑みに満ちていた。
「……ノスフェラトゥ。君は一体、どこでそんな下品で間違った知識を仕込んできたんだい?」
「な、……っ!?」
ノスフェラトゥの動きが、完全に凍りついた。
「ポーズが過激すぎて、何が言いたいのかさっぱり伝わらないよ。それに『赤い液体』とは何だい? まるでトマトジュースでも求めているかのような締まりのない言い方だ」
スペクターは長椅子から立ち上がり、冷徹な主の威圧感を放ちながら、跪くノスフェラトゥを冷たく見下ろした。
「やり直しだ。そんなふざけたポーズではなく、真っ直ぐ私の目を見て、君の本当の欲望を、飾らない言葉で言いなさい。それができないなら、今夜もご褒美はなしだ」
「う、あ……っ」
決定的な、言い直しの宣告。
最高の悩殺ポーズで一発合格をもらえると信じていたノスフェラトゥの心は、容赦なく粉砕された。
あまりの恥ずかしさと、お預けを継続される絶望感、そして大真面目にやったことを「下品」「ふざけている」と一蹴された屈辱により、ノスフェラトゥの赤い瞳に、じわりと涙が浮かび上がる。
「うう……っ、お前が、お前がおねだりしろと言ったから……私は、必死に……っ」
「泣いても許さないよ。ほら、ポーズをやめて、言葉を紡ぎなさい」
スペクターの容赦ない言葉の鎖が、ノスフェラトゥの精神をさらに追い詰めていく。
ノスフェラトゥは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆いたいのを必死に堪え、反らせていた腰をヘナヘナと落とし、完全にただの「お預けを食らった惨めな犬」の姿になって、泣きそうな声で呟いた。
「……血を、ください。あなたの、血が……欲しいです……っ」
「最初からそう言えばいいんだよ。本当に、手のかかる吸血鬼だ」
スペクターは満足げに目を細め、ようやくその手袋を外して、自身の首筋をノスフェラトゥの唇へと押し付けた。
屈辱と羞恥で涙をこぼしながらも、許可された喜びで牙を突き立てるノスフェラトゥの姿は、先ほどのどんなポーズよりも、歪で、淫らで、圧倒的に官能的だった。