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帝都で一泊したシャーリィ達は、食料等の積み込みが完了したことを確認していよいよ南方大陸へ向けて出港することとなった。
「シャーリィちゃん、これからどんなに急いでも二十日間は海の上だ。当然毎日が穏やかな天気とは限らないよ」
エレノア曰く、南方海域はロザリア帝国よりも温暖であるがその為か嵐も多いのだとか。
「転覆してさようなら、と言う結末もあり得ると?」
「そんな結末を迎えさせるつもりはないけどね。それよりも長い船旅は慣れてないと体調を崩しやすい。少しでも具合が悪かったら、ちゃんと教えるんだよ?」
「分かりました。船の上ではエレノアさんに全てを委ねることしか出来ません。よろしくお願いします」
「任されたよ。まあ、気楽にとは言えないけど船旅を楽しんでおくれ」
エレノアは船乗り達に視線を移す。
「さあ行くよ!出港だーっ!」
「「「応っ!!!」」」
斯くして一行は南方大陸へ向けて出港した。その先に何か待ち構えているか、それは神のみぞ知る。
出港から十日後。
晴れ渡る青空に穏やかな風が吹く中アークロイヤル号は順調に航海していた。
「……よし、航海は順調だよ。目印の島が見えたから、ちょうど半分って所だね」
見張りからの報告を受けたエレノアは、海図を見ながら航海が順調に進んでいることを確認していた。
「何処までも続く水平線。海とは広大なのですね」
温暖な気候で礼服から普段着であるワンピースに着替えたシャーリィは、飛ばされないように帽子を押さえつつ潮風を浴びながら水平線を眺めていた。
「そうだよ。この海の果てに何があるのか、それを突き止めた奴は居ない。私達が知らない大陸があるなんて話もあるくらいだ」
「四大大陸以外にも大陸が?」
「東西南北にしか大陸はありませんなんて、誰も証明できないよ。この広い海には、私達が知らないものがたくさんあるんだ」
「ふぅん……ロマンですね、エレノアさん」
「シャーリィちゃんは、あんまり興味がないかい?」
「今は組織を拡大することと黒幕を突き止めることだけで精一杯ですよ。でも、もし全てが終わって私が運良く生き延びていたら、その時は冒険も悪くないかもしれません」
「それがいつになるか分からないけど、必ず生き延びるよ。いや、私達がシャーリィちゃんを幸せにしてみせるさ。その時は何処までも連れていってあげるからね」
エレノアの優しげな視線を受けて、シャーリィもはにかむ。
「ありがとうございます、エレノアさん。その時はお願いしますね」
「おうさ。それにしても、シャーリィちゃんは強いねぇ。うちの男共ときたら……」
「それは言わないお約束です」
数日前に遭遇した嵐でルイス、ベルモンドは完全にダウンしていた。慣れない船旅での疲労によるものである。
「それに比べてシャーリィちゃんは何とも無いのかい?」
「むしろあの揺れは始めての体験で、斬新でした。アスカと遊ぶ余裕はありましたよ」
「ああ、あの嵐の中走り回ってたよねぇ。みんなビックリしてたよ」
そのアスカはいつものようにマストに腰掛けて足をプラプラしている。
「エレノアさん達を信じていましたから、心配はしてませんよ」
「海賊冥利に尽きるってもんさ」
「船長ぉーっ!左舷だーっ!」
マストに登っている見張りが叫ぶ。
「うん?ああ。見てごらんよ、シャーリィちゃん」
エレノアが指差した先には、大きなスカイホエールが海面近くを漂っていた。
「スカイホエールですね。前に見た個体よりは小さいような」
「ありゃまだ子供だね。それでも二十メートルはあるよ」
「あの大きさで子供ですか……ん、エレノアさん。あんまり羽ばたいていないような気がするんですが」
「んん?」
シャーリィの指摘通り、ゆっくりと羽ばたきながら高度を落としていくスカイホエールを見て、エレノアの顔が強ばる。
「不味い!取り舵一杯!船首をスカイホエールに向けな!急げぇ!」
「取り舵一杯ーっ!」
「急げ急げ急げぇ!配置に着けーーっ!!」
舵が勢い良く回され、船乗り達が慌ただしく動き始める。
「アスカ!降りてきなさい!」
何かを悟ったシャーリィはアスカに降りるように指示を飛ばす。するとアスカはマストから身軽に飛び降りてシャーリィの側に駆け寄る。
「来るよぉ!何かに掴まれぇ!」
エレノアが号令を掛けた瞬間、スカイホエールはその巨体を海に勢い良く沈めて、それにより発生した高波がアークロイヤル号へと襲い掛かる。
「掴まれぇぇーーっ!!」
次の瞬間、高波に船首からぶつかったアークロイヤル号は大きく上下に揺れる。突然の浮遊感と、次に襲い掛かる落下を誰もが近くにあるものにしがみつき堪える。
「……おー」
ただ一人、シャーリィに抱きしめられているアスカだけは目を輝かせていたが。
高波を無事に乗り越えたアークロイヤル号は、ただちに状況確認を開始する。
「異常はないか!?」
「しっかりと固定していたのが幸いだったな。積み荷には問題はない。ただ、酒樽が幾つか割れて食料庫は酷い臭いだがね。それと寝ていたベルモンド、ルイスの二人がひっくり返ったくらいだ」
リンデマンが被害状況をエレノアに報告する。
「そうかい、大したことがなくて良かったよ。酒樽については、飲める分はみんなに配りな。それと換気をしとくんだ」
「あいよ」
「エレノアさん、さっきのは?」
シャーリィが驚いた様子で質問する。
「ああ、スカイホエールは基本的に無害だって話をしたろう?」
「はい、聞きました」
「基本的には無害なんだけど、たまにあんな感じで海にダイブするのさ。しかもこれが気紛れでね、更に周りの迷惑を考えないって所が困りものなんだよ」
「あの巨体が海に飛び込めば、高波が発生しますね」
「その通り。今回は子供だから良かったけど、大人のダイブなんて悪夢だよ。船がひっくり返る」
「陸地にも被害が出ますよ」
「それが、運が良いのかあいつらは外洋にしか生息していないんだ。何でかは知らないけどね」
「なるほど……あの巨体、使役できないかなぁ」
「なんだい、あんなのを飼い慣らすつもりかい?」
「猛獣使いが居るんですよ?魔物を使役する人も居るかもしれないじゃないですか」
「いや、そりゃそうだけど」
「確かアルカディア帝国には『魔獣使い』って魔物を使役する奴らが居るって話だったな」
「魔獣使いですか」
「止めなよ、リンデマン。シャーリィちゃんが興味を持っちまっただろ」
「悪い」
「魔獣使い……仮にあのスカイホエールを使役できればそれだけでとんでもない戦力になります。興味深い……世界は広いですね。知らないことがたくさんあります」
「ほら、興味を持った!シスターに叱られるのは私なんだからな!」
「面目ない」
海に住まう巨大な魔物、そして魔物を使役する者の存在に想いを馳せるシャーリィであった。