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#食
「あ……」
蓮美の表情は前ほど憂鬱そうではない。
「あ、じゃあ、お願いします。豊に甘えるね!」
「うん」
冷蔵庫には玉子・玉葱・人参・鶏モモ肉・マッシュルーム、そしてブロッコリーもあった。ブロッコリーはサッと茹で塩を振り、オムライスに添えよう。
豊が調理を始めると、蓮美はソワソワと落ち着かない素振りが目立った。
(よっぽどハラペコなのだな)と豊は思った。
ブロッコリーを丸ごと茹でた。豊流だ。少ないより多いほうが良い。残れば翌日も豊が食べれば良いだけの事。
大き目のオムライスにケチャップでハートを描くという茶目っ気を出す豊。
蓮美が笑ってくれるかと思った。
しかし蓮美は笑っていない。
真剣な表情で、皿に載ったオムライスとゴロゴロ転がっているブロッコリーを凝視している。
異様なムードを彼女から感じ取った。しかし豊の蓮美への愛情はなんら変わらない。
――――「いただきま~す」
蓮美の変化に気づかぬ振りをして、豊が明るく声に出し手を合わせた。
次の瞬間、豊は自分の目を疑った。
結構な玉子の量、ごはん多めのオムライスを、手掴みで貪り始めた蓮美。
手と口の周りはケチャップだらけ。
クチャクチャと音を立て一心不乱にオムライスを食らう蓮美。蓮美が余りにも美女であるゆえにグロテスクさがかえって増す。
ガツガツと獣のように食べている。
あっけにとられる豊。
その豊に向かって「ブロッコリー、食べないの? 豊。要らないなら頂戴」
豊が返事をし終わらぬうちに蓮美は、豊の皿に手を伸ばし、3切れのブロッコリーを鷲掴みし口へと放り込んだ。
ムシャムシャと集中しているので、あっという間に蓮美の平皿は空になった。
ただただ、目を見張るだけの豊。
仕上げに皿を持ち上げベロベロと舐め上げる蓮美。
豊は衝撃を受け言葉を失っている。
「おかわり!」
「え」
「おかわりを下さい! と言っているの、豊」
「あ、蓮美、そんなに食べると思わなかったからもうないんだ」
ごはんは約2人前、具のしっかりと入ったオムライスだった。おまけに豊のブロッコリーも半ば強引に取って食べてしまった蓮美。
リラックスしてくれている事は嬉しいが、蓮美がこれまで醸していたイメージからは想像もつかぬ下品さ。
しかし今の豊にはそれすら可愛い。おなかの音を鳴らし、我慢してこわばっている彼女は気の毒だ。よっぽど今のほうが健康的じゃあないか。
「たったこれだけじゃ嫌よ! 足りないわ! 全然足りないわ! おなかがすいた。おなかが……!」
「わかったよ、蓮美。カップラーメンがあるはずだ。今すぐ作るね」
「ええ、早くして頂戴!」
――――カップ麺が出来上がると、物凄い勢いで汁を飛び散らしながらフーフーと麵を冷まし、ズズズズズズッと啜っては喉に流し込む蓮美。
鬼気迫る表情で無心に食べている。
カップ麺の汁までゴクリゴクリと飲み干すと「もっとよ! おなかがすいた。おなかが! 豊、助けてっ」
狂乱する蓮美。
「蓮美、大丈夫か。落ち着いて。食べ物はあるよ、大丈夫だよ。今支度する!」
遂には泣き叫んでいる蓮美を強く抱き締める豊。
(過食症かなにかの病なのだろうか)
ふと豊はそんな事を考え付いた。
その途端、キッチンが色褪せセピアカラーへと変わった。やかんも、ポットも鍋も冷蔵庫も皿も。
「え!」と抱き締めていた蓮美に目をやった。
蓮美だけ色を持っている。
(なぜだ?!)
蓮美だけ白い肌。赤い唇。ミニスカートは桃色だ。
豊は確かめたく自分の腕を見た。
セピアカラーだ。
けれど、今の泣き叫んでいる蓮美にこの不可思議な体験を訊く気がしない。
「焼きうどんを作ってあげるよ。玉子だけでも良いかい? 蓮美」
「うっ、ううう。良いから早くして下さい。早く食べ物を!」
「わかったよ、蓮美。蓮美。今すぐ作るね」
豊が調理をし始めると、包丁は銀色を、棚の上の観葉植物の葉は緑を取り戻した。
*
焼きうどんを食べたのちも蓮美の食欲はとどまる事を知らず、しまいには「豊、どいて!」と冷蔵庫を勝手に開け、キャベツを丸ごと抱きかかえたまま床に座り込み、1枚ずつ剥いではムシャムシャと夢中で食べ始めた。
デザートはトマト5個で締めくくられた。
床中トマトの汁でベチョベチョだ。
豊は、蓮美が満たされた事にただ、ただ安堵し、黙って床を雑巾で拭き雑巾を洗った。
蓮美はソファーに移動した。
豊の安堵は、やれやれといった感情ではなく、蓮美が辛さから逃れられた事を喜ぶ、いわば親心とも言えるような感情だ。
蓮美は赤ちゃんの涎掛けのようにおしゃれな服を汚してしまった。しかし、どこ吹く風だ。
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