お姉ちゃんの彼氏
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4月。お姉ちゃんは専門学校に入学し、僕たちは6年生になった。
本格的にひとり暮らしが始まったお姉ちゃんとは毎日は会えないけれど、週末は帰ってきてくれるから寂しさは半減した。
専門学校の同期には、現役の歳で入学した人、浪人した人、お姉ちゃんみたいに学費を貯める為に一旦仕事をしていた人、もっと歳上の人、色々な年齢層の人がいるらしい。
色んな人から色んな話を聞けて面白いって言っていた。
お姉ちゃんは実家に帰ってきている時も 欠かさず勉強していて。ちょっとでも長くお姉ちゃんといたい僕と有一郎もリビングで一緒に宿題をしていた。
秋になった。
実家に帰ってきたお姉ちゃんと今日も一緒にリビングで宿題をする僕たち。
『ちょっと休憩しようかな。2人とも、ココア飲む?』
「うん!」
「飲む!」
お姉ちゃんが立ち上がり、キッチンに向かった。
鍋に純ココアと砂糖を入れて、少しの水を加え、火にかけながら練っていく。
ペースト状になったココアに牛乳を混ぜて、ふつふつするまで木べらで大きくかき混ぜる。
甘くていい匂い。
僕と兄さんの大好きな、お姉ちゃんが作ってくれる濃厚なココア。
『はい、お待たせ』
「「ありがとう」」
息を吹き掛けて少しずつ口にふくむ。
「美味しい」
「お姉ちゃんのココア大好き」
『よかった』
お姉ちゃんも猫舌なのでほんのちょっとずつココアを啜っている。
「ねえ、お姉ちゃんはさ」
『うん』
「カレシいないの?」
『えっ!?』
僕の質問に、お姉ちゃんがぽっぽと頬を染める。その反応で質問の答えが“いる”だと悟る。
「え!え!お姉ちゃんカレシできたの!?」
「写真写真!写真見せてよ!」
有一郎も興奮気味に身を乗り出す。
『う…えっと……』
顔を真っ赤にしてスマホを操作するお姉ちゃん。
『……はい…』
差し出されたスマホの画面を覗き込むと、そこには格好いい男の人に肩を抱き寄せられて照れたように笑うお姉ちゃんの写真があった。
「うわ!イケメン!」
「優しそう!どこで知り合ったの?」
『とっても優しいよ。産屋敷学園の短大と4年大と専門学校の合同の新入生歓迎会でね。向こうは教育学部の4年生なの』
歳上カレシだ!
「何て言って付き合うことになったの?」
『えっと…手を握られて“君にひと目惚れしてしまった!もし交際相手がいないなら俺とお付き合いしてほしい!”って』
「すごい。めちゃくちゃストレートだね」
頬を染めるお姉ちゃんにつられて僕も顔が熱くなるのを感じた。
『初対面だったし、相手のことをよく知らないから“お友達から”って言ったの。それからちょこちょこごはんに誘ってくれたり一緒にお出掛けするようになってね』
「うんうん」
「それで段々好きになってったんだ?」
『うん。すごく真面目で優しくていい人よ。教育実習先で授業中に騎馬戦始めちゃうくらい熱いところもあるけどね』
え、授業中に騎馬戦ってどういうこと??
「お姉ちゃんはその人と付き合えて幸せ?」
兄さんがたずねると、お姉ちゃんはにっこり笑った。
『うん、とっても幸せだよ』
「そっか。よかった」
お姉ちゃんの返答に兄さんも嬉しそうに微笑んだ。
「父さんと母さんには言ってるの?」
『えっとね、お母さんにはちょこっと話したことあるよ』
「父さんにも言ってあげないと泣いちゃうんじゃない?」
「確かに」
『そうだね。そのうち話すよ』
可愛い可愛い愛娘に彼氏ができたなんて知ったら、父さんどんな顔をするかな。想像すると笑っちゃう。
「今度俺たちにも会わせてよ」
「僕も会いたい!」
『そうね。きょうちゃんの教育実習が終わって一段落したらね』
「「きょうちゃん!!」 」
『ちょっ、やめてよ2人とも』
お姉ちゃんが顔を赤くして僕たちを宥めた。
1月。
成人式の朝。お姉ちゃんは家族で選んで仕立ててもらった振袖を身に纏う。
他にはあまり見ない、真っ青な振袖。大輪の花と、裾には平安時代のお姫様みたいな絵が描かれている。
そこに金色の帯を合わせたお姉ちゃんは、誰よりも華やかで綺麗だった。
去年ドネーションカットした髪は、1年経たないくらいで鎖骨より少し長いくらいまで伸びて、それを高い位置に結んできらびやかな簪を着けている。
お化粧も着物に合わせて淡いブルーのアイシャドウにいつものより落ち着いた色の口紅。アイラインも濃いめに引いて、すごく妖艶に見えた。
「苺歌〜!めちゃくちゃ綺麗だぞ!」
「ほんとに似合ってるわ!」
父さんと母さんが振袖姿のお姉ちゃんを見て目を潤ませる。
「お姉ちゃん、すごく綺麗だよ」
「弟なのにドキドキしちゃう」
『ありがとう』
お姉ちゃんが目尻を下げて微笑んだ。
成人式の会場にみんなで行くと、大勢の人が集まっていた。色とりどりの振袖、ちょっと元気者なお兄さんたちの袴、派手な色のスーツ。
その中で一際目を引く、苺歌お姉ちゃんの振袖姿。
すれ違う誰もが振り返った。
どうだ綺麗だろう、うちの自慢のお姉ちゃん。
そんな気持ちになった。
『あっ!きょうちゃん』
え、きょうちゃん!?お姉ちゃんの彼氏だ!
「苺歌さん!成人おめでとう!これを君に」
『わわ…ありがとう!』
写真で見た“きょうちゃん”がお姉ちゃんに花束を差し出す。
「苺歌…もしかしてその人が……!」
『うん。紹介するね。お付き合いしてる煉獄杏寿郎さん』
「初めまして。苺歌さんとお付き合いさせていただいております、産屋敷大学4年の煉󠄁獄杏寿郎と申します」
礼儀正しく挨拶して、深々とお辞儀する煉獄さん。父さんと母さんと握手を交わしている。
話には聞いていたけれど、本当に格好いい。上背もあってがっしりしていて、頼り甲斐のありそうな人だ。
「4年生ってことは、もう就活ですか?」
「はい、キメツ学園の歴史教師として赴任することが決定いたしました」
「歴史!僕も学生時代歴史が好きだったんです!」
「そうですか。ではぜひお父上とゆっくり歴史談義をしたいです!」
娘を取られて敵意剥き出しにすると思っていた父さんは、意外にもすんなり煉獄さんと打ち解けて固い握手を交わしていた。
そんな2人の様子を見て、母さんとお姉ちゃんが安心したように笑った。
「む!君たちが苺歌さんの弟くんたちだね!」
「はい。有一郎といいます」
「無一郎です」
煉獄さんは僕たちともがっちりと握手をしてくれた。ごつごつしているけれど、大きくて分厚くて、とても温かかった。
「僕たち春からキメツ学園の中等部に入学するんです」
「おお!そうか!では入学式にまた会おうな」
「「はい!」」
初対面だったけれど、僕は煉獄さんのことが好きになった。それは兄さんも同じみたいだ。
「苺歌さん。君の美しい晴れ着姿を見られてよかった。俺はこれでご無礼するよ」
『えっ、きょうちゃん…』
「あとは君の大事なご家族の皆さんと最高のハタチの思い出を作ってくれ。また連絡する」
『うん。ありがとう。お花嬉しかった』
煉獄さんは優しく微笑んで、お姉ちゃんの髪に着けられた簪が少し歪んでいたのをスッと直す。
「苺歌、煉獄さん。2人で写真撮ってあげるから、そこに並んで」
「ありがとうございます、お母上!」
煉獄さんがお姉ちゃんの肩を抱き寄せる。あの時見せてもらった写真のように。
お姉ちゃんはというと、煉獄さんからもらった花束を胸に抱えて、幸せそうな笑顔をカメラに向けていた。
煉獄さんに手を振って、お姉ちゃんは成人式の式典に出る為、ホールに入っていった。
僕たち家族はロビーで待機する。
式典が終わり、ぞろぞろと新成人がホールから出てくる。
でもなかなかお姉ちゃんが出てこない。綺麗すぎて目立つから出てきたらすぐに見つけられる筈なんだけれど。
そこから更に20分程して、少しくたびれた様子のお姉ちゃんがロビーに出てきた。
「お姉ちゃん、お疲れ様」
「随分時間が掛かったわね。どうしたの?」
お姉ちゃんは小さく溜め息をついた。
『なんかよく分かんないけど、知らない男の人たちから取り囲まれて、付き合おうだの連絡先教えてだの言われてた』
うわ!それナンパじゃん!
『全員に同じようにお断りして納得してもらうのに時間掛かっちゃった。…こんなことしたくなかったけど、さっき撮ってもらったきょうちゃんとの写真を見せて、ようやく引き下がってくれたの 』
「た…大変だったね……」
でもナンパ男もすんなり諦める程の美男美女お似合いカップルだってことだよね。
『待たせてごめんね。写真館の予約間に合うかな?』
「大丈夫だよ。まだ充分時間があるから」
『よかった!』
僕たち家族5人は成人式の会場から直接写真館に向かった。
夜、お姉ちゃんは中学校の同窓会には参加せず、我が家で一緒に過ごした。
普段より大人っぽいメイクを落とし、いつもの可愛らしい顔に戻ったお姉ちゃん。
煉獄さんにもらった花束を水切りして、花瓶に生けて嬉しそうに眺めている。
「お姉ちゃん」
『ん?』
「煉獄さん、すごくいい人だね!」
『うん、そうでしょ?』
「いい人見つけたわね」
『うん!』
告白は“ひと目惚れした”だったらしいからお姉ちゃんの容姿で好きになったんだろうと思うとちょっと心配したけれど、交際を始めてしばらく経つ上、わざわざ成人式の会場まで花束を持って会いに来てくれたことを考えると、ちゃんとお姉ちゃんのことを大事にしてくれているんだって思えた。
しかもきちんと彼女の家族に挨拶してくれて。握手した時、直感的に“この人なら大丈夫”って思ったんだ。
「…何処の馬の骨とも分からない男にお姉ちゃんは渡さないって思ってたけど、煉獄さんなら安心だって思った」
「うん、僕も」
有一郎の言葉に頷く。
『よかった』
お姉ちゃんが嬉しそうに微笑んだ。
今までも幾度となく男から告白を受けてきたお姉ちゃん。でもその恋が叶った男は誰もいなかった。
そんなお姉ちゃんが安心して身を任せられる彼氏ができて、それが煉獄さんで本当によかったと思う。
「このまま煉獄さんとお姉ちゃんが結婚したら嬉しいなあ」
「うんうん」
『え!ちょっと…気が早いよ……!』
僕たちの言葉に、お姉ちゃんが顔を赤らめて俯いた。
つづく
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