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彼氏の話
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きょうちゃん改め煉獄さん…、学校では煉獄先生。
……は、中等部にも授業に来てくれる。
お姉ちゃんの交際相手だけれど、公私混同しちゃいけないから、と両親やお姉ちゃんからちゃんと先生と呼ぶよう言われている俺たち。
いつかお姉ちゃんが言っていた、授業中に騎馬戦を始めてしまうくらい熱いところもあるって話。
本当に騎馬戦がおっぱじまるから、初めてそれを目の当たりにした時は驚いたと同時にすごく面白かったのを覚えている。
もちろん、騎馬戦がなくても煉獄先生の授業は分かりやすくて面白かった。
裏表のない、明るくてはつらつとした性格。誰にでも分け隔てなく優しくて、あったかい人だ。こんな素敵な人がお姉ちゃんの交際相手で本当に嬉しい。
将棋部に入部した俺と無一郎。部活が終わり、出待ちのうるさい女子の群団を適当に撒いて、やっと家路に着く。
今日は午後から雨の予報が出ていたけれど傘を持ってくるのを忘れてしまった。まだ雨は降ってきていないが帰り着くまで持ち堪えてほしい。
「あ。兄さん、あれ」
「ん?」
無一郎の指さす先には俺たちより少し前を歩く煉獄先生が。
「煉獄先生!」
「おっ、時透兄弟!今から帰りか?」
「はい!」
「そうか。ちょうどよかった。駅まで一緒に行こう」
確か先生も電車通いって言っていたな。
学校関係者が周りにいないのを確かめるように辺りを見回してから口を開く煉獄先生。
「君たちのことは苺歌さんからいつも話を聞いているよ」
「そうなんですか?」
「お姉ちゃん何て言ってるんですか?」
煉獄先生がにこっと笑う。
「可愛くて優しくて、大好きな自慢の弟たちだと」
「わ…嬉しい……」
「なんか照れちゃうね」
今度は煉獄先生がスマホの写真フォルダを見せてくれた。
デート中の様子だろうか。一面真っ青なネモフィラ畑を背景に、にっこり微笑むお姉ちゃんの写真。
「このピアスもネックレスも、君たちがお姉さんにプレゼントしたものなんだろう?」
「はい!お姉ちゃんずっと着けててくれたんだ…」
「実習時は外さないといけないらしいが、それ以外はいつも身に着けているよ。とても大切なものだと言っていた。有一郎くんからもらったという“心願成就”の御守袋も鞄に着けられているよ」
「そうなんですね…嬉しいな」
スッと画面をスワイプする煉獄先生。
「「「あ」」」
お互いにぴったりと頬を寄せて微笑む2人の写真が出てきた。自撮りしたのか、画面の端に指の一部が写り込んでいる。
「ラブラブですね!」
無一郎が満面の笑みで言うと、先生が顔を赤くしながら恥ずかしそうに画面を戻した。
「す…すまない。見せる写真を間違えた」
「僕はいいですよ。むしろもっと見たいな」
「俺も。お姉ちゃん2年生になってから実家に帰ってくる頻度が極端に減っちゃって。煉獄さんが時々でもお姉ちゃんに会えてるなら写真見たいです」
「そうか……」
煉獄さんが一度スマホを手元に戻し、画面を操作する。
「俺も頻繁に会えているわけではないが、会えた時は一緒に過ごす時間を大事にしている。食事をするだけでも美味しいデザートを食べに行くだけにしてもな。苺歌さんはとても優しいから、できるだけ予定を合わせようとしてくれるんだ。……ただ、俺の為に無理をしているんじゃないかと時々心配になる…」
煉獄さん…最初はお姉ちゃんにひと目惚れだったらしいけど、ちゃんとお姉ちゃんの内面まで含めて好きになってくれた。その気持ちが伝わってくる。
「…お姉ちゃんは小さい頃の経験から、昔から色々と無理をするのが癖だったみたいで。僕たちにもすごく優しかったし。でもここ数年でお姉ちゃんが前みたいに我慢し過ぎることはほんとに減ったんです。だから煉獄さん…先生に対してもそうだと思います。先生のことが好きだから予定を合わせようとしてるんですよ、きっと」
「俺もそう思います。…お姉ちゃん言ってましたよ。煉獄さんとお付き合いできてすごく幸せだって」
「そうなのか……。それならよかった」
俺たちの言葉に、煉獄さんが嬉しそうに微笑んで再びスマホの画面を見せてきた。
「うわあ!お姉ちゃん可愛い!」
無一郎が歓声をあげる。
「そうなんだよ。表情も仕草も全てが愛おしくてつい写真を撮ってしまうんだ。でも全く追いつかなくてな。いっそのこと眼球にシャッター機能でもつけられたらいいんだが」
アパートのキッチンで料理するお姉ちゃん、綺麗にお化粧してピアスを着けている途中のお姉ちゃん、カフェのような場所で可愛いスイーツを頬張るお姉ちゃん、浴衣姿のお姉ちゃん、俺たちがあげたふわふわの部屋着姿で寛ぐお姉ちゃん、ソファでうたた寝しているお姉ちゃん。
全部煉獄さんが撮ったんだな。カメラ目線ばかりじゃない、自然な、ごく普通の日常の写真。
フォルダ名と画像数、“まいかさん (462枚)”って書いてある。 煉獄さん、めちゃくちゃお姉ちゃんの写真撮ってる。大好きじゃん。
やっぱり、この人なら安心だ。お姉ちゃんのことをものすごく大事にしてくれるこの人なら。
全部とまではいかないので、フォルダの最初の10枚くらいの写真を見て、俺たち3人は他愛もない話をしながら駅への道を歩く。
「有一郎くん、無一郎くん。君たちと話せてよかった。声を掛けてくれてありがとう」
駅に着いて、改札のところまで煉獄さんが見送ってくれた。
「俺たちも煉獄さ…先生から色んな話を聞けてよかったです」
「お姉ちゃんの写真も見せてくれてありがとうございました。今度は僕たちのスマホに入ってるお姉ちゃんの写真見せてあげますね」
「うむ!それは楽しみだ!…じゃあ、気をつけて帰るんだよ」
「「はい!」」
煉獄さんは俺と無一郎の頭を、その温かな手で軽く撫でてくれた。父さんとは違う、でも安心する感覚。
ホームに来た電車に乗って、まだ見送ってくれている煉獄さんに手を振った。
「…やっぱ僕、煉獄先生のこと好きだなあ。お姉ちゃんを大事にしてくれてるのが伝わってくる」
電車に揺られながら無一郎が呟く。
「俺も煉獄先生好きだよ。お姉ちゃんもあれだけ愛されてたらそりゃ幸せって言ってくれるよな」
「うん」
……お姉ちゃん…会いたいなあ。
最後に会ったのはゴールデンウィークだ。去年はわりと連休の度に帰ってくることが多かったのに、今年は実習とかで忙しいのかそうもいかない。
いつの間に降り始めたのか、電車の窓に雨の雫が当たって流れていく。
家の最寄駅に着いた。雨はまだ降り続いている。
悪いけれど、父さんか母さんに電話して迎えに来てもらおう。
そう思った時。
『ゆうくん!むいくん!』
「え!」
「お…お姉ちゃん!?」
改札を出たところに、お姉ちゃんが立っていた。
『おかえり。傘置いてっちゃってるってお母さんから聞いたから迎えに来たよ』
「ありがとう!」
「びっくりした。ただいま!」
お盆休みさえ帰ってこられなかった苺歌姉ちゃんが、10月のこの時期に帰ってきた。嬉しい。
『さ、2人とも車に乗って。運よく屋根の下に駐められたから』
「うん!」
「ありがとう!」
お姉ちゃんの愛車に乗り込む。購入して大分経ったので新車特有の匂いは殆どしなくなっていた。
「お姉ちゃんいつ帰ってきたの?」
無一郎の声が弾んでいる。
『夕方よ。昨日で1ヶ月の実習が終わったの。その準備とかお勉強とかで忙しかったからお盆に帰ってこられなかったんだ』
バックミラー越しにお姉ちゃんが俺たちと目を合わせる。
耳には俺たちがプレゼントした、3月の誕生石であるアクアマリンのピアスが輝きを放っていた。
「そっか、お疲れ様。何日間こっちにいられるの?」
『3連休の間はいられるよ。その次の日戻るつもり』
「じゃあ、またお姉ちゃんの手料理が食べたいな!」
『もちろん作るよ。食べたいメニュー言ってね』
「「うん!」」
そんな会話をしていたら自宅に到着した。
玄関を開けると、懐かしい匂いが。
「今日は肉じゃが?」
『うん、正解。ゆうくんよく分かったね』
「お姉ちゃんの作る料理は匂いですぐ分かるよ」
『そうなの?すごい!鼻が効くのね』
だって小さい頃からお姉ちゃんの作ってくれるごはんが大好きだったから。何のメニューかくらいすぐに分かるよ。
「3人とも、おかえり。苺歌、お迎えありがとうね」
『ただいま。いいえー!ドライブ楽しかった』
「有一郎、無一郎、先に着替えてきなさい。ごはんにしよう」
「「はーい!」」
久し振りの家族5人の食卓。
嬉しくて俺も無一郎も普段より多くおかわりして食べた。
お姉ちゃんは元々料理が上手だったけれど、専門学校に通ってから更に腕に磨きがかかっていた。このまま上手くいけば、今年度中に栄養士の資格を、来年3年生で調理師の資格も取れるらしい。すごいなあ。たくさん頑張っているんだ。
食器を洗って、今日はお姉ちゃんの部屋で宿題をする。お姉ちゃんも一緒に栄養士の勉強をしている。
数学の問題を1つ解き終えた無一郎が顔を上げてお姉ちゃんに話し掛けた。
「お姉ちゃん、今日ね」
『うん』
「帰り、煉獄先生と話しながら駅に行ったんだよ」
『そうなの?』
お姉ちゃんもシャーペンを持つ手を止めて無一郎の話を聞いている。
「お姉ちゃんの写真いっぱい見せてもらった!すごく可愛かった」
『え!?何の写真!?』
お姉ちゃんが恥ずかしそうに頬を染めてあわあわしている。
「デート中のお姉ちゃんの写真とか、料理してるとことか、うたた寝してる写真とか、浴衣姿とか、色々!」
『え〜…!きょうちゃんたら何見せてるのよ……』
そこに俺も加わる。
「煉獄先生、お姉ちゃんの表情も仕草も全てが愛おしいって言ってたよ。すんごい愛されてるね」
『うっ……』
お姉ちゃんが耳まで真っ赤になった。こんな余裕のなさそうなお姉ちゃんも珍しい。
ビデオ通話は時々していたけれど、半年近く会えなかったお姉ちゃん。
メイクを落とした素顔が、前より一段と綺麗に感じた。 元々美人だけれど、何て言うか……、内側からも美しさが滲み出ているような。
“恋をすると綺麗になる”って、よく言ったものだよな。煉獄さんと付き合って、お姉ちゃんがどんどん可愛く、綺麗になっていく。よかった。お姉ちゃんが幸せそうで。
『……ほら、2人とも手が止まってるわよ。私もだけど。早く済ませてココアでも飲もう!』
「うん!」
「その時はお姉ちゃんと煉獄さんのツーショットも見せてね!」
『えっ…それは恥ずかしいから嫌』
「じゃあいいよ。また煉獄先生に見せてもらうから。“まいかさん”ってフォルダに400枚以上お姉ちゃんの写真入れてあったんだよ」
『そんなに!?恥ずかしい!……分かったよ、自分が知らないとこで彼氏が弟たちに写真見せまくるより自分で見せたがいいよね…』
半分諦めた様子のお姉ちゃん。でも本当に嫌そうな感じでは全くなかった。
俺と無一郎は宿題を終えて、お姉ちゃんも過去問を解き終えて、3人でお姉ちゃんが作ってくれたココアを飲む。いつも変わらない、甘くて濃厚な味。
「お姉ちゃん」
『なあに?』
「煉獄さんとは結婚しないの?」
『え!?』
無一郎が俺も考えていたことをお姉ちゃんに質問した。
『それは…まだ気が早いよ……』
また顔を赤くして俯くお姉ちゃん。
「実際どうなの?結婚したいと思う? 」
俺の質問に少しの間を挟んで、お姉ちゃんは小さく頷いた。
『……きょうちゃんのこと、ほんとに好きよ。お付き合いしてよかったって心から思う。これから先も一緒にいたいなあって。…でもどうなるか分からないじゃない?好きと結婚はまた別問題だもん』
ちょっと弱気なお姉ちゃん。なんにも心配要らないと思うけどなあ。
「俺は煉獄さんが家族になるの、大歓迎だよ」
「うん、僕も!煉獄さんがお姉ちゃんのことほんとに大好きなの伝わってくるし、絶対大事にしてくれるって信じてるよ」
『…ゆうくんもむいくんも、煉獄さんのこと好き?』
「「うん!」」
『そっか……』
お姉ちゃんが嬉しそうに微笑んだ。とても、とても綺麗だった。
そして、お姉ちゃんがスマホを開く。ぱっと明るくなったホーム画面に現れたのは、あの日撮った数日遅れのクリスマスプレゼントの家族写真だった。
指を滑らせ、写真フォルダを開く。出てきたのは煉獄さんとのツーショット写真。
自撮りしたものから、他の人に撮ってもらったような写真、セルフタイマーで写したようなものも。
「あ、この写真いいね!」
「こっちも好き!」
「ほんとに格好いいよね」
「美男美女カップルだ」
写真を見て好き勝手に感想を述べる俺たち。
お姉ちゃんは照れたように笑いながら、ココアの入ったマグカップに口をつけている。
『きょうちゃんは学校ではどう?』
「めっちゃ人気。男女問わずね」
「うん、前にお姉ちゃんが言ってた通り、授業中に突然騎馬戦が始まる」
『今でも騎馬戦するんだ』
「うん。授業も分かりやすくて面白いよ」
『そっか』
“教師”としての煉獄さんの様子を話す俺たちと、それを興味深そうに聞いているお姉ちゃん。
「お姉ちゃんは専門学校卒業したら施設で働きたいんだよね?」
『うん。自分が元いたところに務められたらいちばん嬉しいけど、難しければ別の施設でも構わないかな』
「調理師と栄養士で就職する形?」
『そうだね。保育士も持ってるからそれも活かせると思う』
前々から施設で働くビジョンがあって、それを叶える為に努力してきたお姉ちゃん。すごいなあ。
「お姉ちゃん、応援してるからね!」
「俺も。お姉ちゃんのいちばんの味方だからね」
『嬉しい。2人ともありがとう。私頑張るね』
お姉ちゃんはさっきとは別の過去問の冊子を広げて勉強を再開した。それにつられて俺たちも、残りの課題を進めるのだった。
つづく