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しん、とした部屋の中。遥は壁にもたれ、膝を抱えて小さくうずくまっていた。
誰もいないはずの空間なのに、何かに見られている気がして、身体が勝手に強ばっていた。
耳の奥に、もう鳴っていないはずの声が、残響のようにこびりついている。
《──試してみる?》
《──泣けって言われたら、俺、意外と上手いかもよ》
指の先が、じんと熱を帯びていた。
頬を叩いた、あの瞬間の感触がまだ、指先に残っていた。
はじめてだった。他人に手を上げたのは。
なのに、罪悪感より先に襲ってきたのは──
「こわかった……」
ぽつりと落ちた声は、だれにも届かない。
自分が、こわかった。
こんなふうに怒ってしまった自分が、
感情をあらわにしてしまった自分が。
そして何より、
「もし、日下部まで蓮司に壊されるようなことがあったら」と考えたとき──
その瞬間、思考が真っ白になるほどに、胸の奥が裂けそうだった。
「なんで……そんなふうに、思っちゃったんだろ……」
守りたいと願ったはずだった。
少なくとも、そういう気持ちは、どこかにあった。
でも、蓮司の言葉を聞いたとき。
遥の中で真っ先に湧き上がったのは、恐怖と嫉妬と──破壊衝動だった。
「いやだ、そんなの……」
頭を抱え、声を殺して泣いた。
涙は、枯れても枯れても湧いてくる。
自分がいちばん信じられない。
信じたくない。
こんな自分を、誰にも見られたくなかった。
誰かを守れるような人間じゃない。
誰かに愛される資格なんて、はじめからなかった。
それなのに──どうして、あんなに苦しいんだろう。
小さく震える膝を、ぎゅっと抱きしめる。
その震えが、恐怖なのか怒りなのか、もう遥にはわからなかった。
ただ、どんなに拒絶しても、心のどこかで日下部の顔が浮かんでしまう。
声が聞きたいと思ってしまう。
触れられたいと願ってしまう。
「……やだ、やだよ……そんなの……」
言葉が、嗚咽に溶けていく。
蓮司の言葉に飲まれて、すべてを否定したくなって、
日下部さえも信じられなくなりそうになって──
それでも、壊れかけたところに残っていたのは、
誰かに触れてほしいと、
それでも愛されたいと、
それでも守りたいと願う、矛盾まみれの、ちっぽけな感情だった。