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第3話:無気力なカリスマ、事務所に売られる
合宿から帰宅した数日後。
自宅のソファで液体のように溶けていたユズルの元に、姉のウタゲが血相を変えて飛び込んできた。
「ユズル!! 大変!! あんた、何したの!? F/ACEのマネージャーさんから電話が来たよ!!」
「……うるさい。……鼓膜、破れる。……何、もしてない。……あ、多聞くんの靴下の件なら、黙っておいてあげた」
「そんなことじゃないわよ! 事務所に来いって! 社長が会いたいって言ってるのよ!」
ユズルはゆっくりと上体を起こした。
実は、彼は密かに考えていた。
「個人でやるのは、機材の管理も編集も、全部自分でやらなきゃいけないから……めんどくさい」。
どこかの事務所に入って、全部大人に丸投げしたい。
それが彼の密かな野望だった。
「……行く。……電車代、出して」
【F/ACE所属事務所・応接室】
そこには、鋭い眼光の社長と、なぜか同席しているF/ACEの面々がいた。
「ユズルくん。君の歌声をメンバーから聞いた。……単刀直入に言おう。我が事務所で、アーティストとして、あるいはアイドルとしてデビューする気はないか?」
社長の言葉に、ウタゲが横で「ヒィッ」と変な声を出す。
だが、当の本人は、背もたれに深く寄りかかって、ぼーっと天井を見ていた。
「……え。……デビュー、したら。……動画の編集、やってくれる?」
「あ、ああ。専門のスタッフをつける」
「……告知とか。……スケジュール管理、とかも」
「もちろんだ。君は歌うことだけに集中すればいい」
ユズルの瞳が、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、お得なクーポンを見つけた時のように光った。
「……じゃあ、やる。……あ。……でも、一つだけ」
「なんだ?」
「……朝、早く起こさないで。……あと、坂口さんの怒鳴り声、禁止。……耳が痛いから」
「んだとテメェ!!」と立ち上がる桜利を、多聞が必死に押さえる。
多聞はユズルをじっと見つめ、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「ユズルくん。……また君の歌が聴けるんだね。楽しみだよ」
「……多聞くん。……その、キラキラした顔。……眩しい。……サングラス、貸して」
こうして、謎の歌い手としての正体を隠したまま、木下ユズルは「F/ACEの期待の大型新人(ただし世界一やる気がない)」として、事務所に所属することになった。
「ユズルーー!! あんた、多聞くんの後輩になるなんて……姉さんはもう、死んでもいいわ!!」
「……姉さん、うるさい。……あと、僕の給料で、多聞くんのグッズ買うの、禁止ね」
後に、彼が「F/ACEを脅かす最強の後輩」と呼ばれるようになるまで、あと少し。