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「しみじみ、ネル姉の有り難みを知ったよ……本当に、姉が失礼いたしました、彩絲さん」
心では姉を見限っていても、頭を下げられる二人には好感を持つ。
そんな二人をフォローするローレルにも、同様の好感を持った。
最初に感じていた、三人に対する負の感情は既に払拭されている。
独特の口調から脳天気が過ぎると思っていたローレルは、脳天気どころか慎重な思考で協調性も高い、優秀な奴隷だった。
二人もそうだ。
きちんと見てみれば、没個性どころか実に個性が豊かだった。
ネラの個性は歓迎できないものだったが、五人姉妹ともなれば一人ぐらい問題がある者も出てしまうだろう。
雪華が担当したネリも、恐らく何かしでかしているだろうから、五人中二人が使えない奴隷になりそうだが、三人は優秀なので最終的には、よい買い物だった! と判断できそうだ。
「皆は良くやっておるよ。依頼達成できるように最後まで気を抜かずに励むがよい。それと……あやつらのことは気にせずともいいのじゃ。冒険者ギルドも馬鹿ばかりではないからのぅ」
キャンベル以下、真っ当な職員たちに二人と彼らは目をつけられている。
密かに忍ばせておいた小蜘蛛たちから、二人と間抜けな初級冒険者たちが冒険者ギルドで激しくやり合った様子を受け取っていた。
双方自分の言い分だけを言い募る、聞いている方が無駄に疲れるやり取りだったようだ。
それでも初級冒険者たちは多額の借金を背負い、ギルドが肩代わりした分を自分たちに現金で手渡してほしいという、ふざけた二人の言い分も退けられていた。
キャンベル自らの采配は、容赦の欠片もなく見事だった。
そんな醜態をさらした二人に、自ら声をかけたリーダーには、後ろ暗いものがあるとしか思えない。
二人は常識ある冒険者なら避けて通る問題児でしかないのだ。
キャンベルも彩絲と同じ判断を下しているだろう。
「どうしてもあれこれ考えてしまうじゃろうが、今はダンジョン攻略に集中せよ。依頼分はどうなっておる?」
完全掌握しているが、あえて聞いてみる。
「はい。ゲジの肉五ダース、やわやわを指定容器に五個分。共に完了いたしましたわ~」
「ゲジ肉は良質な物が取れたと自負できます! また、主様に渡す分として同じく五ダースを確保しましたっ!」
「やわやわも最高ランクが取れると、思います。主様に渡す分は別の容器に、指定容器換算二十個分を確保、しました」
報告は過不足なくなされた。
「他にこの階層でやっておくことは、何じゃ?」
「ニーカの身、ニーカの爪肉、スカイフィッシュの切り身、ミートスライムの肉、ダントンの足は十分に取れましたので、戦闘は避けつつ、採取と宝箱探しに集中しようかと思いますの~」
「うん。けしけしとぽてっとは、たくさん入手しておきたいよね!」
けしけしは人の背の高さほどある幅広の草で、使うのは上部分十センチほどだ。
ぽてっとは拳大サイズで、天井からぶら下がっている。
料理の添え物にぴったりの、イモジャガを蒸かし潰して味付けされた料理だ。
外側の殻は手で簡単に剥けるので、ダンジョン内での食べ物としても重宝されている。
どちらもネマとネイだけで採取するより、ローレルも手伝った方が早いし楽だろう。
「何となく、ですが……高級ポーションが、出そうな気がします」
彩絲にも同じ予感があった。
心を入れ替えて頑張っていれば、欠損治癒が可能なポーションや、火傷が跡形もなく消える傷薬などが出る気がする。
「妾もそう思う。あって困るものでもない。入手できたならば、しっかりと確保しておこうぞ」
「「「はい!」」」
揃った返事に大きく頷いた彩絲は蜘蛛型に戻った。
四階層を丁寧に探索した結果は以下の通り。
宝箱×五個。
欠損治癒ポーション 一本。
火傷完治傷薬 一つ。
欠損治癒ポーション(ただし痛みが一定期間は残る)一本。
火傷完治傷薬(ただし痛みが一定期間は残る)一本。
精神安定ポーション 三本。
採取できた物。
けしけし五十本。
ぽてっと五十個。
けしけしとぽてっとは運良く群生地があった。
欠損治癒ポーションと火傷完治傷薬があった隠し部屋が、群生地となっていたのだ。
三人は無邪気に喜んでいたが、彩絲は都合が良すぎてひっそりと笑うしかなかった。
また、精神安定ポーションは三人にその場で飲むように指示を出して、案の定出てしまった高級ポーションの使い道を、しばし悩んだ。
五階層に下りた途端、ネマとネイの鼻息が荒い。
「ど、どうしたの~?」
ローレルも驚いている。
「この階層には、しるきーはっとが浮遊しているのよ! ほら、あれ!」
言っているそばから、ローレルの肩の上にいたネイが飛び上がって、真っ白い小さな帽子によく似た生き物を捕獲している。
百個集めて専門業者に持ち込むと、家事技能上昇効果有のシルキーハットになるといわれている。
が!
捕獲の際に傷つけてしまうと効果が落ちてしまうので、せっかく収集しても全く効果のないシルキーハットができるという悲しい現実があるので、挑戦する者は少ない。
とはいえ。
そういった事情なので常に依頼はある。
ゆえに冒険者ギルトで、専用の捕獲アイテムを貸し出していたはずだ。
何時の間に借りていたのだろうか。
気がつかなかった。
困った二人を買い出しに行かせている間、知識を吸収する傍らでギルドから借りられる物を存分に借りていたのかもしれない。
「依頼は、受けていません。試してみたいと申し出たら、ギルド長が許可を、くださいました。ネル姉と、ネマ姉と私の分を、捕獲したいのですが……大丈夫でしょうか?」
「勿論! 難しいと聞いておりますけれど、貴女たちなら大丈夫ですわ~。依頼は私が達成いたしますので、貴女たちはそちらに集中してくださいませ~」
「ありがとう、ローレル! なるべく早く捕獲して、依頼の野菜入手も頑張るからね!」
「すみません、ローレル。たくさん浮遊しているので、想定よりは早く終われると、思います。頑張りますので、申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
「大丈夫ですわぁ~。この階層のモンスターは氷よりは炎に弱いですけれど、氷でも十分倒せますもの~」
小さなアイスボールが四方に放たれる。
この階層の主なモンスターは蝶だ。
放たれたアイスボールの冷たさと強さに負けた蝶が、あちこちではらはらと地面に落ちてゆく。
「嬉しいですわ~! 満遍なく野菜がドロップしているみたいですのよ~。この調子ですと、主様にもいろいろな野菜をお渡しできますわね~」
「シルキーが出たら、私たちも戦うね! どんな高級野菜が出るか楽しみ!」
ローレルの肩を足場に使って、幾度となく捕獲を繰り返すネマは楽しそうだ。
「でもさすがに、野菜のコンプリートは、難しそうですよね?」
ネマより丁寧になおかつ迅速にしるきーはっとを捕獲するネイは、捕獲→収納→ドロップアイテム回収→捕獲のループ作業に切り替えたようだ。
「それでも主様がお喜びになると思いますから、できるだけ多くの種類を回収したいですわね~」
雪華たちのパーティーがどこまでダンジョンを攻略できたかは分からないが、ドロップアイテム他ダンジョン土産を受け取ったアリッサは、まずダンジョンに潜りたいと主張するだろう。
バローに王城の様子を確認してからの方が無難だろうが、さてどこまで状況が改善しているのか。
三聖女とやらは心配しなくても大丈夫だろうが、小蜘蛛をつけておいた方が安心な気もする。
アリッサから聞くにかなりの愚物だ。
こちらの常識的な思考が通じない可能性も考えて、安全策を取っておきたい。
今のところ王城からの監視はないので、アリッサの願いは叶いそうだが、残った奴隷たちにはこの手の事情も説明するべきだろう。
彩絲が思考に沈んでいる間にも、着々としるきーはっとや野菜が貯まっていく。
「あ! シルキー、です!」
「うわっと!」
「……あら? あらら?」
先手必勝とばかりに放った数個のアイスボールは、シルキーが纏う、メイド服の長い裾が踊って、優美な動きで全て弾かれた。
シルキーは、にっこり笑ってスカートを摘まむと、典雅に腰を折る。
全く戦意がないようだった。
『同族の、上位の方の気配がいたします。彼の方がお仕えしている御方はこの場におられますでしょうか?』
三人はさすがにおろおろしている。
上位の同族とはノワールのことだろうか?
ノワールかもしれない人物を出された時点で、判断が難しいのは無理もない。
彩絲は何度目かになる人型に変じた。
「上位の同族とはノワール殿のことだろうか? 私が守護する方に仕えておられるぞ。主はこの場にはおられぬのじゃ」
『ノワール様とは素敵なお名前です。また主様を得られたのですね! それはよろしゅうございました。我らシルキーは、ノワール様に敵対しません。できません。高級野菜がお望みでありますれば、お望みの物をお望みの数だけお渡しいたしましょう』
シルキーが再びスカートの裾を翻すと、大きな箱が現れた。
箱の中には素人が見ても分かる、瑞々しく美味しそうな野菜が隙間なく詰め込まれている。
『経験を積みたいということであれば、不肖お相手いたしますが……初級ダンジョンに生息するモンスターでございますので、あまりお役に立てぬかと存じます』
敵対できないという相手と、無理に対峙することをアリッサは好まない。
ノワールの顔を潰すことにもなりそうだ。
「では、有り難く頂戴しようかの。他のシルキーも皆、貴殿のように対応するのじゃろうか?」
『はい。ノワール様に敬意を払っておる者ばかりでございます。万が一、敵対行動する者がおりました際には、それはシルキーではございませんので、どうぞ他のモンスター同様経験の糧にしていただきとうございます』
一部、厄介なシルキーがいるようだが、それでもノワールの存在はシルキーの中でも格別のようだ。
アリッサの笑顔が浮かぶ。
我が主は、自分の身内が高く評価される栄誉を、自分が評価されるよりも喜ぶのだ。
「美味しそうなお野菜をありがとうございますぅ~」
「美味しく調理して、美味しく食べるから、安心してね!」
「いただくばかりでは申し訳ないので、何か、欲しいものはありますか?」
シルキーは勿論、ローレルやネマも、私も驚いた。
しかし考えてみればネイが言っていることは至極真っ当だ。
アリッサがこの場にいたら同じ対応をするだろう。
『いえいえ。美味しく召し上がっていただければもう、それだけで十分でございます。もし、気に障るようでございましたら、ノワール様に美味しかったとお伝えいただけると有り難いです。ノワール様にお褒めいただくのは栄誉でございますれば……』
微笑みが一層深まった。
ここはシルキーの顔を立てて引いた方がいい。
ネイもメイドとしての立ち位置などを考察したらしく、納得したようだ。
「きっと、主様も、喜んでくださいます」
『有り難きお言葉を胸に、今後も勤しみたいと思います。機会がございましたならば、どうぞまた、足を運んでくださいませ』
シルキーは頭を下げたままで、すーっと後ろへ下がっていったかと思うと、その姿を消してしまった。
「ノワールさん……ノワール様と呼んだ方がいいのかしら~」
「ど、どうだろう。取り敢えず、ノワールさんのお蔭で、こんなにたくさんの美味しそうな野菜が入手できたわけだから、報告とお礼はきちんとしよう!」
「そうだね、ネマ姉」
「あ! しるきーはっとの捕獲状況はどうなったのかしらぁ~」
「うん。順調だよ! もう少しで三百に届くんだ!」
「はい。これで三人分は確保、できそうです……依頼は受けていませんが、もう三百ほど集めた方が、評価は上がるでしょうか?」
「迷うところですわ~。私たちが帰還するのをギルド長たちが、首を長くして待っていそうな気もしますもの~」
「「あー」」
嫌なことを思い出したとばかりに、二人が顔を顰める。
ローレルはそんな二人の頭を優しく撫でた。
「じゃあ、今回はやめておこう。で、宝箱の回収をして……」
「その前に、もう少し通常野菜を取った方が、いいのでは?」
依頼分は確保できたが、アリッサへの土産分が物足りないらしい。
「それもそうだね! うーんと。残りちょっとはネイに任せて、私はローレルさんと普通野菜の入手に勤しむよ」
「助かりますわ~」
シルキーにこそ効果がなかったアイスボールも、ひらひらと舞う蝶には大変有効だった。
勿論小さなしるきーはっとに流れ弾が飛ばない心配りも完璧だ。
ネイは岩場などに隠れてアイスボールが当てにくい場所を中心に、蝶を屠りながらドロップアイテムを回収する。