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59 - 第59話 ダンジョンアタックで奴隷の見極め 彩絲編 7

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2024年06月03日

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「えーと? 根菜系が欲しいので、モルフォンを見かけたら集中して狙ってほしいです!」


「了解いたしましたわ~。あとはキャベキャベの出が悪いので、アオアゲハも狙ってもらえますぅ~?」


「はーい。満遍なく出てる方だと思うけど、まだ出てないのってあるのかなぁ?」


「私が知る限り、パップリンとシモヤンが、出てないみたい」


どうやらしるきーはっとを捕獲完了したらしい。

ネイも蝶狩りというか、野菜狩りに参戦した。

パップリンとシモヤン狙いで、モンシロを集中的に攻撃している。


「根菜類と、キャベキャベ、パップリンとシモヤンが、納得いく数が出たら、宝箱回収にかかりましょうか~」


「頑張るよ!」


「励みます!」


確認しあっている最中にも、ドロップアイテムが増えてゆく。

三人の納得する量が集まるのにさしたる時間はかからないだろう。

そんな三人を温かく見守っていれば、先ほどのシルキーが、よろしければもっと如何でしょう? と先ほどの倍量の野菜を持ってきてくれた。

それを有り難く受け取りながら雑談している間に、三人は満足いく入手を完了したようだ。


三人には勘づかれないようにシルキーとの会話を楽しみながら、宝箱を回収する様子も引き続き見守る。

最終階層なので、十個の宝箱が回収できたようだ。

明らかに多いと、シルキーも驚いている。

普通は多くとも、五個。

内容が良ければ一個というときもあるらしい。

十個のうち七個は、小さい体を潜り込ませて隠し部屋を探し出したネマとネイのお手柄だろう。

結局の所、この三人が優秀なのだ。


宝箱の中身は……。

シルキーセット(ヘッドドレス、ワンピース、エプロン、ブーツ、ホウキ。全て装備すると家事能力が大幅に上昇する) 一ダース

高級野菜の種 十種類 一ダース ×五個

高級野菜全種類セット ×三個

モルフォンのブローチ(美味しくない野菜も美味しく食べられる効果有)


……どう見てもシルキーが手を回した結果、やり過ぎてしまった内容だった。

モルフォンのブローチ以外は、シルキーの手配に間違いなさそうだ。

思わず様子を窺えば、シルキーは彩絲の目線から逃れながら、少し音の外れた鼻歌を謳ってごまかした。


「あ! 主様は、『ふよんど』も『はなみつ』も、欲しいのでは?」


十分な探索が完了して、いざ帰還とばかりに、ダンジョンの決まった階層にある帰還クリスタルに触れようとした段階で、ネイが大きく手を叩く。


「そうですわねぇ~。すっかり失念しておりましたわ~」


「すみません、彩絲さん! 今からその二点を採取したいです!」


「構わぬよ。主もその二点は喜ぶじゃろうからの」


ふよんどは、腐葉土。

野菜が採れる階層だからか、野菜がよく育つ肥料が取れる。

色は真紅で少々不気味だが、土が五、ふよんど一の割合の配合で、良質な野菜が採れる土になるのだ。

水との相性がいいからなのか、湿った場所を発掘すれば大抵採取できる。

一か所につき家庭園芸用スコップに一つ分しか採れないのが、強いて言えば難点だろうか。

この土ならば農業の心得がなくとも、食べて問題のないレベルの野菜ができる。

多少なりとも農業に携わっている者、才のある者が作れば、店で販売できる野菜すらできるというのだから驚きだ。

依頼も常時出ている人気の一品だった。


はなみつは、花の蜜。

蜜花《みつばな》に宿る蜜だ。

五階層の主なモンスターである、蝶たちの主食なので集めるのが難しい。

そのために、王都初級ダンジョンでは一、二を誇る高額買い取りのアイテムだった。

スプーン一杯からの買い取りがあるほど、需要が高い。

初心者が一攫千金を求めて挑戦し、大量の蝶に襲われて、死にかけるケースが月に一度はあるほどだ。

ちなみに挑戦した者の大半は、失敗して借金まみれになって、身持ちを崩してしまう。

それでも挑戦する者が後を絶たないのは、極々少数であっても成功する者がいるからだろう。

この三人には、数少ない成功者として褒め称えられる未来が待っている。


「私はふよんどを中心に採取しますわ~」


「私とネイは、はなみつの採取かな? ね、ネイ?」


「うん。ネマ姉。早く帰還したいけど、丁寧に採取しよう」


マジックバッグの中から、容器が取り出される。

ふよんどはバケツ、はなみつは小瓶に入れるようだ。

どちらも冒険者ギルド推奨の容器に、彩絲の眦はやわらかく下がった。


『優秀な子たちのようですね。心根も良いようです』


『そうかの?』


『ええ。他の二人とは比べようもありませんでしょう?』


『あれはなぁ……』


彩絲を見送るつもりらしいシルキーと、音を出さずに会話をする。

シルキーも五階層に入ったときから、様子を窺っていたのが知れた。


『比べるのもおかしいレベルじゃろ?』


『クレアと呼ばれていた女性は、随分と己の容姿に自信があったようですわ。ダンジョンで盛る冒険者がいないとは申しませんけれど、あの関係性で合意というのは珍しいケースでございますね』


他にも似たような輩がいるのには驚きだ。

無理矢理という話はよく聞く。

女性の初心者は特に狙われるので、王都初級ダンジョンにおいて女性のソロ探索は許されていないほどだ。

だからクレアのように、強いパーティーに寄生する者は少なくない。

けれど王都初級ダンジョンという、人目が多すぎるダンジョンでやる愚か者は多くなかった。


『主のお名前を汚した輩を、許すつもりはさらさらないのぅ……』


『あの方がお仕えするくらいですもの、とても良い方なのですね、貴女の主様は』


『うむ。優しく聡明な御方じゃ。自慢の主じゃよ。だからこそ! あれらの所業は許せぬな』


『許すこともございませんでしょう? もし第三者の目が必要であれば、私の意見もお伝えしますわ』


『もし主が、我らの言葉に難色を示すようであれば、そのときはお願いしたいのぅ』


『はい、喜んで』


挙措典雅なシルキーは、ノワールに及ばずとも優秀なシルキーであるのだろう。

友好的な関係は歓迎したい。

アリッサが望むなら、彼女に王都の拠点を任せて、ノワールにはアリッサの傍に常時侍れるように手配するのも良策のように思う。


「お待たせいたしましたわ~」


「主様にお渡しする分は、何とか採取できました!」


「コツを掴みましたので、次に潜るときは、ギルドの依頼を受けても、大丈夫です。主様のために、稼ぎます」


ネイの鼻息が荒い。

二人も揃って頷いている。

案外とダンジョン攻略は、三人にとっても楽しい作業だったようだ。


「うむ、御苦労じゃった。さて、ゆるりと帰還しようぞ! シルキー殿、また御縁があったときにはお会いしたいのぅ」


『ええ、こちらこそ。そのときはよろしくお願いいたします』


シルキーの嫋やかな微笑みを背中に受けながら、彩絲は帰還クリスタルに触れた。



瞬きをする間もなく、ダンジョン入り口付近に設置されている専用出口に立つ。

三人は転移酔いもないようで、彩絲を見上げて次の指示を待った。


「……さすがにこれ以上キャンベルをやきもきさせるのは、主の望むことでもなかろうて……ギルドまで馬車を使うぞえ」


「承りましたわ~」


肩にネイを乗せたローレルが馬車の確保に移動する。

残ったネマが物言いたげに彩絲を見上げるので、掌を差し出す。

たたたっと肩まで駆け上がったネマは躊躇ったあとで、口を開いた。


「……私が上手くできなかったから、ネラ姉は愚か者になってしまったのかな?」


完全に見限った彩絲と違い、まだネマには情があるようだ。

無理もないか。

ずっと五人で肩を寄せ合って生きてきたのだから。


「ネル姉さんがいなかったら、私が止めないと駄目だったのに……」


「や。おまえが悪いわけではないのぅ。遅かれ早かれこうなったのじゃろ。ネルも随分無理をしていたようじゃしな。もう、ネラが堕落してしまったのは取り返しがつかぬ。じゃが、その分。困った者がいない分、ネルやネイを大切にできるぞぇ?」


「あ、ネリは……その……」


「まず、ネラ以上の問題児じゃな、あれは。論外じゃ。アリッサを主とすら認識できていないようじゃったからなぁ」


雪華もその辺りは彩絲同様に、厳しく判断しただろう。

ネラにはまだ、アリッサを敬う色があったが、ネリにはほとんどないようだった。


「これから……私は、ネル姉とネイを一層大事にする……していく……してみせる!」


「それが一番良い思考じゃよ。健全で何よりじゃな」


排除対象になってしまった二人を、排除しないでくれとは、言わなかった。

ネマも分かっているのだ。

今更自分を責めても無駄なのだと。

ただ、誰かに聞いてほしかったのだろう。

自分が間違っていないのかと。

姉妹が排除されるのを黙って見ているだけでいいのかと。


ネマは正しい道を。

アリッサが望む道を選べたのだ。


彩絲が優しく指の腹でネマの頭を撫でていると、二人が馬車の手配を終えて戻ってきた。



「三人は依頼達成報告をしてくるがよい。妾は、奴らにかかわる問題を片付けてくる」


「あ! あのっ! 彩絲さん!」


「なんじゃ?」


「最後にお別れを言う時間、ありますか?」


ネマが己の拳を握り締めて彩絲を凝視する。

もし、時間がないなら、今一言だけでも言わせてほしい! そんな切羽詰まった表情だった。


「安心するがよい。最終的に主に話をしてからになる。別れはその後じゃ」


「あ……それも、そうですね。逸ってしまいました、すみません」


ネイもネマも。

こうやって、ネラに向ける最後の情があるというのに。


「さ。行ってくるのじゃ。結果はきっと主も満足いくものじゃろうが。しっかりと聞いてくるがいいぞ」


「はい! 行って参ります!」


気持ちを切り替えたネマのはきはきした発言に、様子を窺っていた二人が頭を下げる。


彩絲が戻った報告を受けたのだろう。

キャンベルが奥から現れた。

一緒に来た女性が彩絲に会釈をして、三人の対応に向かったようだ。


「いろいろと迷惑をかけたようじゃな、キャンベルよ」


「いえ。こちらこそ、ギルド職員が迷惑をかけて申し訳ありませんでした」


「いや。さすがに……妾に言われるのは業腹かもしれぬが、おまえを不憫に思うぞ。部下に恵まれなさすぎじゃ」


よほど彩絲のねぎらいに満ちた同情の言葉が意外だったのだろう。

キャンベルはきょとんとした、アリッサが身悶えしそうな愛らしい表情を浮かべたあとで、困ったような微苦笑を浮かべた。


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