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私は笑みを残したまま、髪をひとつにまとめる。
(よーし、なかなかいいんじゃない?
雰囲気出てきたかも!)
姿見を見て頷いた時、ふいにドアがノックされた。
(―――えっ)
私はぎょっとして後ろを振り向く。
(だ、だれ!?)
杏ならそのまま入ってくるはずだし、部員だとしてもノックなんてするはずない。
(ど、どうしよう!)
慌てた私の耳に、柔らかな声が届いた。
「……ここにいたんだ、捜したよ」
(……えっ、佐藤くん……!?)
どうして佐藤くんがここに?
捜したって、なんで―――。
出ていこうとしたけど、姿見に映る自分の恰好に青ざめた。
(ま、まずい!)
急いでスカーフを抜き取ったと同時に、肘が段ボールに当たって派手な音をたてた。
(痛った……)
涙目になりながら足元の制服を掴んだ時、「いいんだ」と佐藤くんが制した。
「……そのままで聞いて。
顔を見たら言えないかもしれないから」
そんな前置きをして、佐藤くんは深呼吸したようだった。
私は制服を手に動きを止める。
「ずっと好きだったんだ。
俺と……付き合ってくれないか?」
(え……)
靴音がして、彼の気配が少しだけ近くなった。
その瞬間、頭の中が空っぽになる。
聞き間違いじゃないかと、心のどこかで疑った。
だけど流れる沈黙の重さが、嘘じゃないと本能に訴えかける。
どくどくと心臓が大きく音を立てる中、佐藤くんは続けた。
「……返事はいつでもいーから。
けど、きちんと考えてほしい」
その言葉を残して、足音が遠ざかっていく。
しばらくして私の手から制服が滑り落ち、私自身もへなへなとその場にしゃがみ込んだ。
なに……今の……。
付き合ってって、私と……?
目の前の鏡に、放心する私が映っている。
思考が働かない。
だけど、佐藤くんの声が何度も頭の中で再生されるうちに、だんだんと体が熱くなった。
「お待たせ―!
……って、あれー? 澪どこー?」
バタバタと廊下を走る足音が聞こえたかと思うと、カーテンが開いた。
「わっ、ちょっと澪!?
そんな恰好でなにしてるの!」
「杏……私……」
杏の驚いた声が降ってきたと同時に、私は涙目で上を見上げた。
「えっ、なに、なんで泣いて―――」
「い、今……。
佐藤くんに、告白された……」
「えっ……」
杏は目を開いて、言葉をのんだ。
一瞬の静寂の後、彼女の瞳が揺れる。
「……えっ、えっ……? 本当に……?」
私は何度も何度も頷いた。
聞き間違いじゃない。
佐藤くんはたしかに「付き合って」って言っていた。
戸惑い気味に杏が口を開いた時、予鈴が鳴った。
「わっ」
一気に現実に引き戻された私は、慌てて鞄からノートを取り出した。
「杏、とにかく写せるだけ写して……!」
「あっ、ありがとう!」
ノートを受け取った杏は、バタバタと間仕切りの向こうに消える。
私も急いでもとの制服に着替え、本鈴が鳴る直前に部室を出た。
「ごめん澪、先生が来たらすぐ返すから……!」
眉を下げる杏に、私はただ頷いた。
正直、この時私は佐藤くんのことでいっぱいいっぱいで、杏の様子がいつもと違ったなんてことに気付けなかった。