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DVDをデッキに入れると、私は照明の紐に手をのばした。
部屋が暗くなり、テレビ画面の明かりがぼんやりとあたりを照らした。
スパイもののハリウッド映画は、さっきレンタルビデオ店で借りてきたものだ。
シャワーも浴びたし、さっきよりは幾分か気持ちもさっぱりした気がする。
今、私は家にひとり。
けい子さんはボランティアで地域の人に英語を教えていて、夕飯を作り終えるとすぐ会合に出て行ってしまった。
駅の向こう側にある公民館で、午後11時までらしい。
伯父さんは出張でいないし、ちなみにレイもまだ帰ってきていない。
DVDを借りてきた理由は、ひとことで言えば気分転換。
ずっと悶々とし続けることに疲れたからだ。
(佐藤くん……)
あれからSHRが終わると、佐藤くんは私と一度も目を合わせないまま帰ってしまった。
アイコンタクトを取りたかったわけじゃないけど、そんなふうにされると、やっぱり聞き間違いだったのかと不安になってしまう。
私は今日百回目くらいのため息をつくと、リモコンを手に取った。
字幕と音声を変更したところで、玄関で引き戸が開く音がした。
(えっ)
思わずテレビの時計を見る。
この時間ならけい子さんじゃない。
ソファーに座ったまま後ろを振り向くと、廊下を歩くレイと目が合った。
今朝の出来事が頭をよぎり、私は自然と眉間にしわを寄せる。
なにか言われるかと身構えたけど、レイはちらりと私を一瞥しただけで、二階へとあがっていった。
(……ふーんだ、二重人格め)
なにも言われなかったことにほっとしたけど、やっぱりけい子さんたちへとは態度が違う。
心の中で毒づくと、私は気を取り直して再生ボタンを押した。
しばらく熱中して見ていたら、台所から物音がした。
うちのルールだとゲストも冷蔵庫は共有だから、おそらくなにか買ってきたんだろう。
気にせず映画を見続けていると、突然視界が遮られる。
驚くより先に、前を横切ったレイが私のとなりに座った。
『えっ、ちょっとなに……』
『これ「Minority・Mission」だろ。
俺も観たかったかったんだ』
『はぁっ? だからなに……』
急に間合いを詰められ、私はあからさまに嫌そうな顔をした。
『「テレビが見たい時は、ホストと一緒に」
これがここのルールじゃないの?』
『そ、それは……』
たしかにうちのルールはそうだから、それを言われると反論の余地はない。
私が言い淀んでいるうちに、レイは冷めた目で私の持つリモコンを指さした。
『巻き戻してよ、最初に』
さも当然のように言われ、私は思い切り眉をしかめた。
そこでふと、あることに気付く。
照明がテレビの光だけだったからよくわからなかったけど、彼はシャワーを浴びたばかりらしかった。
髪が少し濡れているし、服装もラフなものに変わっている。
そう思った瞬間に石鹸の匂いがして、不覚にもドキッとしてしまった。
(ま、まずい)
こんなやつにドキドキしたくない。
私はなるべく不機嫌な顔を作って、そっぽを向いた。
『ミオ』
彼が名を呼ぶ。
それが今朝のことを思い出させて、より一層気分は複雑だった。
『ミオ。……いや、ミロ?』
『……ミロじゃないって言ってるでしょ』
『聞こえてるじゃん。巻き戻してって』
―――ほんっと自分勝手でムカムカする。
レイの催促を無視し続けていると、彼は私の手からリモコンを抜き取った。
『……ちょっと!』
『ってかさ、その態度といい今朝の態度といい、なんなの?』
『えっ……』
思わず振り向けば、レイは目を眇めて私を見ていた。