コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
覚えたばかりのネームプレートがかかったドアを、慎太郎はとんとんと叩く。
はーい、と答えたのはジェシーだった。その隣には優吾の姿も。
ほほ笑む2人を見て、まるで長年連れ添った夫婦のような安心感があるなと思った。
「待ってたよ。行こうか」
せっかくだから一緒に海に行こう、と慎太郎は誘われていた。
部屋を通ってテラスから出て、小道をゆく。
「ねえ、慎太郎はどこのがんなの?」
何でもないことのように、優吾が聞く。
「俺は膵臓。お医者さんも珍しいって言ってた。そのときは何で俺がってずっと思ってたけど、こんないいとこに来れて……」
ふいに言葉が途切れたのは、急に視界が開けて海が現れたからだ。
「うわ……」
「綺麗でしょ?」
「うん、すごい!」
明るく告げた。
「こんな静かな海、初めて見た」
「でしょ。ここに来たら、なんかすごい落ち着くんだよね」
その優吾の言葉に、ジェシーもうなずく。
「確かに。嫌なこととか辛いことも全部忘れられる」
「すごいね…」
と、「ジェシー!」
どこからか呼ぶ声が聞こえる。振り向くと、樹と北斗、それから大我がやってくるところだった。
3人は新しい入居者を認識した。
「新しく入ってきた人?」
「そう、森本慎太郎くん」
ジェシーが紹介すると、ぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします」
いいよ、と樹は手を振った。
「俺は田中樹。隣が松村北斗っていって、こっちは京本大我。2人とは友達みたいなものだから、俺らのことは下の名前で呼んでいいよ」
にこりと笑った。
「うん。よろしくね」
すると、あっと思い出したように樹が手を叩いた。
「そういえば、今夜港のほうで花火が上がるんだって。せっかくだから、みんなで見に行かない?」
行きたい、とそれぞれ反応する。
「港ってどっち?」
大我が問う。
「ここからちょっと北に行ったら、小さい港があるの。俺と北斗が来たときはそこの港から降りたよ。みんなもそうじゃない?」
「そういえば俺も船だったなあ」
優吾が言った。
「ちょっと待って、そもそもなんで花火? もう9月だよ?」
慎太郎が訊くのもそのはず、今は9月の初旬で、夏の足音は遠ざかっていったばかりだからだ。
「なんかここらへんでは『終夏の花火』って言って、夏の終わりにも花火を打ち上げるんだって」
北斗が補足した。「みんなが体調が良ければ、だけど…」
「うん、俺は元気!」
笑顔で慎太郎が答える。
「俺も今日はいい感じ」
優吾は小さく笑った。「でも一応、モルヒネ持って行っとこうかな…」
「モルヒネ?」
一方、大我は不思議そうな顔だ。
「腰に付けられる、モルヒネを注入するちっちゃい機械のこと。痛くなったときのためにね」
そうなんだ、とうなずいた。
約束の午後5時。すでに空は夜に差し掛かっているところだ。
「じゃあ行こう!」
エントランスホールに集まった6人は、ジェシーの陽気な掛け声で出発した。
樹がスマホのマップで道を確認しながら、それに続く。
こんな風景を見ていたら、とてもこの6人ががん患者だなんて思いもしないのに、と慎太郎は考えた。
どうせ出会うなら、シエルじゃなくて外の街で会っていたかった。でも皮肉なことに、ここに来なければみんなと出会えなかった。
それもいいか、とひとり笑った慎太郎だった。
「着いた。ここかな」
そこは、船が数隻停まっているだけのこぢんまりとした港。静かだが、周りには島の住民だろうか、見物人の姿がある。
「もうすぐのはずなんだけど…」
腕時計を見てつぶやいた北斗の声に重なるように、ドーン! と地を揺るがすような音が響き、一つ目の花火が上がった。
「うわあ」
みんなは途端に破顔した。
「綺麗!」
「すごーい」
「音おっきい」
「近いね」
「うわぁ、めっちゃ綺麗…」
晩夏の空気を切り裂く、口笛じみた音。
炸裂の音とともに夜空を彩る、色とりどりの花々。
刹那のうちに散っていく、光たち。
次の花が咲くまでの、僅かな静寂。
みんなは、会話も忘れて花火に見入っていた。
6人の瞳には、しっかりとその光景が映っていた。
続く