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56 ◇祭りの日より遡ること……花火をした日
実は祭りのあった前の月に皆で花火をした日があったのだが、その晩
花火を終え、そのあと皆で雑談をしながら楽しく女性陣の作った弁当を食べ
解散となった。
妹の珠代は夫の和彦と帰って行き、温子も寮の部屋へと帰って行った。
応接間に最後まで残り、気になる書類にざざっと目を通した涼も帰り
支度をして自宅へ帰ろうとしたところ、物音が聞こえた。
寮に向かう途中でカギやハンカチ、そして口紅などを入れた信玄袋を
手にしてないことに気付いた温子が事務所へと戻ってきたところで……
涼の耳に届いたのは、温子が立てる小さな物音だった。
まさか、温子がそのような理由で事務所に戻ってきているなどとは思いもせず
涼は、先ほど帰って行った者のうちの誰かが戻ったのか、あるいは不審者の
闖入か……などと考えながら、慎重に様子を伺った。
そのまま足跡を忍ばせ、そっと入り口の方へ視線をやると、そこには温子の姿があり、涼はようやく胸を撫で下ろした。
それとともに、『あぁ、温子さんだったのか』――そう安堵しつつ、温子に
声を掛けた。
まだ人が残っているとは思わなかった温子は人の気配にそれが涼だとは思わ
ず驚き慌てふためいたため、椅子に足を取られて床に倒れ込みそうになった。
それを俊敏に動き、涼が温子の腕を掴んで阻止したため、コケそうになった
けれど、なんとか床に倒れ込む代わりに涼の腕の中へと飛び込む形になった。
だが、自分の腕をとった相手が誰なのか認識できていなかったため、
男の胸を目にした瞬間、温子の胸にかすかな緊張が走った。
『助けてくれたのは誰? 』
ここにいるということは涼の可能性が高いけれども、違っていたらおそろし
過ぎるではないか。
そう焦っている温子の耳元に聞きなれた声が降ってきた。
「大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます。大丈夫です」
え~っと、これは……どういうことか?
まだ自分は涼の腕の中にいる。
温子は自分を落ち着かせて、騒がず慌てずじっとした。
少し待ったが、涼が何も言わず何の動きもしないので自分から話かけること
にした。
「私、袋を忘れてしまって……それで取りに帰ってきたんです。
まさかまだ涼さんがいるだなんて思わなくて、気配を感じた時に不審者
だったらどうしようって焦ってしまって……」
「それは驚かせてすみませんでした」
「いえっ、こちらこそすみません」
「温子さん、私は不審者ではないつもりなのですがもう少しこのままで
いてもいいでしょうか?」
「……」
「あぁ、あのっこれ以上のことはしませんから。
話したいことがありまして……ちょうどこの体勢が按配がよさそうなので」
「わっ、分かりました」
――――― シナリオ風 ―――――
〇工場・応接間 花火の夜のあと
花火を終え、皆で弁当を食べたのち、それぞれ帰途についた。
珠代と和彦は連れ立って帰り、温子も寮へ戻った。
最後に応接間に残っていた涼は、気になる書類にざっと目を通し、
帰り支度をしていた。
ふと――小さな物音。
誰かが戻ってきたのか、それとも不審者か……涼は慎重に足を
忍ばせる。
扉の向こうに現れたのは温子。
信玄袋を置き忘れ、取りに戻ってきたのだった。
安堵の息を吐く涼。
だが温子は人の気配に驚き、足を取られて転びそうになる。
咄嗟に涼がその腕を掴む。
温子の身体は、そのまま涼の胸へと飛び込んだ。
温子(心の声)『だ……誰? まさか不審者……?』
涼「大丈夫ですか?」
温子「……はい、ありがとうございます。大丈夫です」
まだ涼の腕の中にいることに気づき、温子は落ち着こうと努める。
しかし涼は動かず、ただ温子を支え続けていた。
温子「私……袋を忘れてしまって、それを取りに戻ったのです。
まさかまだ涼さんがいらっしゃるとは思わず……気配を感じた時に、
不審者かと焦ってしまって……」
涼「驚かせてしまい、すみません」
温子「いえ、こちらこそ……」
涼「温子さん。私は不審者ではないつもりですが……もう少し、
このままでいてもよろしいでしょうか?」
温子「……」
涼「あっ、いや……これ以上のことは致しません。
ただ、話したいことがありまして……この体勢が按配がよいものですから」
温子「……わ、分かりました」