「自分の魔力を辿って、茨をすり抜ける様に中に入り込む。その奥にある鍵穴に合うように魔力を練って、差し込む…そう、良い感じだ」
穏やかな日差しの差し込む昼下がり、俺達は再び向かい合って手と手を取り合っていた。木製の指輪を首から引っさげたフランチェスカは固く目を閉じて俯いている。それにしても、ちょっと眉をひそめすぎじゃないか。緊張し過ぎているにも程がある。が、初めてにしてはなかなかどうして筋が良い。流石はグラナートゥムの一族、魔力に愛されているな。
「後は少しずつ魔力を回収して…ここは焦らなくてもいいから丁寧に…よし、終わりだ」
俺がそう言うと、フランチェスカはぱちりと目を開けて大きく息を吐き出した。
「ゆっくり深呼吸しろ。上手く出来てたぞ」
「ありがとうございます」
そう言ってへにゃりと目尻を下げる。その姿を見て俺も無意識に詰めていたらしい息を吐き出し、ゆるりと体を離す。その矢先、突然視界が弾ける様にちかちかと瞬いた。思わずたたらを踏むと、目の前の彼女の顔がぐにゃりと歪んでいく。
「…アンブローズ様?」
呼びかけられたその声が何重にも重なっている様で気持ちが悪い。ぐらぐらと地面全体が揺れている様で上手く立っていられない。頭も回らず何が何だかよく分からないが、不味い状態であることだけはよく分かった。俺が倒れ込んでも支えられないだろうフランチェスカから、力の入らない足でふらふらと遠ざかっていく。
突然ぐるりと回った視界の中、甲高い何かが割れる音とこちらに手を伸ばす彼女の姿が見えた気がした。
「貴方、そこで一体何をしているの?」
少々舌っ足らずな少女の声で目が覚めた。
霧に囲まれた深くて薄暗い森の中、小さいながらも鮮やかに咲き誇る花畑のど真ん中。俺はいつもよりどうも低い視点の世界の中でしゃがみ込んでいた。
「花冠を作っているんだよ」
視線も上げずに俺が言う。俺にしちゃ妙に声が高い気もするが、まぁ気のせいだろう。
「その冠、誰かにあげるの?」
懲りずに少女が話しかける。
「誰にもあげないよ。失敗作だもの」
俺はやはり一瞥もくれずに答える。
「へぇ、そうなの…」
さくさくと小気味よく草を踏む音がする。どうせ飽きて帰ったのだろう等と思っていたら、突然俺の視界に細くて真っ白な腕がにゅっと生えてきたものだから驚いた。
固まって動けない俺をよそに、その手は緩んだ指の隙間から花冠を奪って視界から離れていく。
「なら、私が貰おうかしら」
先程よりも近くから降ってきた声に釣られて、思わず視線が上向いた。
「貴方、何て言うの?」
少女の黒い髪に色鮮やかで少々不格好な花冠はよく映えた。だからだろうか、花冠ばかりが目を引いて顔は上手く見えなかった。
「…僕の名前は」
僕?違う。俺は…
「レオンス」
アンブローズだ。
「あぁ!目が覚めましたか」
重い瞼を開くと、見慣れた天井と嬉しそうなフランチェスカの顔が映った。何か言おうとして口を開くが、何を言うかがてんで思い付かなくておとなしく口を噤む。
「体調は大丈夫ですか?解熱剤を調合して勝手ながら飲んでいただいたのですが…しっかりできていたかが分からなくて」
緩慢な動きで顔を向けると、彼女の手には確かに薬の入った小鉢があった。確かに少々不格好だが、倒れる前の様な症状は今や影も形も見当たらない。
「ちゃんとできてる…助かった」
そう言うと、フランチェスカは何も言わないまま優しく微笑んだ。今、弱い所を見せている自覚はある。漬け込んで、利用するならばきっと今しかないだろう。でも、こいつはそれをしようとはしない。
「…腕の良い師匠なんだな 」
薬を片付けている彼女の背中に向けて、うわ言の様にぽつりと呟く。
「しかも禁呪に近づけさせないってのは大切にされてる証拠だ…ちょっと羨ましいぜ。まぁ、俺の師匠には負けるけどな」
段々意識が朦朧としてきた。体力の回復が症状の回復に追いついていないらしい。普段ならば絶対に言わないような言葉が熱に浮かされこぼれ落ちていく。
「アンブローズ様、どうか安静に」
俺の様子がどうにもおかしいことがわかっているのだろう。片付けが終わった彼女は優しく俺を布団へと押し戻す。それから、少しだけ言いづらそうに言葉を紡いだ。
「大切に…されているのでしょうか。きちんと教えてもらったことは片手で数える程度しかありませんから、少し…分かりません」
「そりゃ無責任だな…」
「ふふ、でも本当に優しくて、とっても素敵なお師匠様なんです」
そう言うフランチェスカは、相手が愛おしくてしょうがないといった顔をしていた。師匠を素直に愛せる彼女も、そんな彼女に愛されるそのお師匠様とやらも、なんだか羨ましくて胸がちりちりと焼ける様な感覚がした。
「おれ…は……」
あれ、何を言おうとしていたんだったか。言葉が脳内でぐるぐると繰り返されるだけで続かない。頭の中が白い靄に覆われて、外世界と切り離されていく様だ。
「…ゆっくりお休みください」
その声を最後に、俺の意識は途切れた。
今度は夢は見なかった。