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真衣香は自分がとても勝手で、とても面倒なことを言っている。その自覚はあるのだけれど、どうにも今だけはやめられそうになくて驚いていた。
こぼれ落ちそうな”好き”と比例するように、嫉妬という醜い感情も育つみたいだ。それを受け止めてもらえたときに、噛み砕き、安心をもらえたときに。
恋をする自分自身は胸を撫で下ろせるのだと、知ってしまった。
咲山と坪井を前に一度は感じていたこの感情。今度は逃げずにきちんと認めてあげなくては。
輝いてない、恋の側面を。
「……ごめん、勝手に押しかけて嫌なこと言ってるよね。会えただけでも感謝しなきゃなのに」
しゅんとした真衣香の言葉に、坪井は大きく首を振って否定の意を見せる。
「感謝するのは俺の方だから! それに、会えてよかったよ。危ないから、こんな遅くに1人で。ほんと、よかった……」
坪井の心底安堵したような声と、手のひらの暖かさで真衣香は少し気が抜けたのか「くしゅ……!」と、小さくくしゃみをした。それをキッカケにブルブルと身体も震え出してしまう。
対して「大丈夫!?」と、大袈裟に反応した坪井。
「いや、てかごめん、こんなとこで話してる場合じゃなかったし! 寒い? 寒いよな、とりあえず部屋上がって……」
「……坪井くん?」
真衣香の手を引こうと立ち上がった坪井だが、途中で声を詰まらせ、少し考え込むように天を仰いでから、再び真衣香に目をやる。
そうして、気まずそうに言い直した。
「……ごめん、それは嫌だよな。車も……あー、密室だしなぁ。どっか店開いてるかな、この時間」
真衣香から離れていった坪井の手が、何か思案するように顎に添えられる。それを眺めていると無意識に、離れてしまった坪井に手を伸ばしていた。
……寂しく感じたのかもしれない。
「ん? どうしたの?」
腕に触れた真衣香の指先に気が付き、坪井が再び膝をついて目の前にしゃがみ込んだ。優しく細められた瞳を見つめながら、ぼんやりと口を開く。
「……だめなの?」
「ん? 何が?」
「坪井くんの部屋に入っちゃダメなの……?」
言葉にした瞬間目を見開いて、坪井は黙り込んでしまった。そんな反応を見て真衣香はようやく我にかえる。
(……え? 私、今……と、とんでもないこと口走った?)
ねだるような、甘えるような声で何てことを言ったんだろう。自覚した途端、かぁ!っと頬が熱を持つ。
「あ、ご、ごめん……急に、そりゃ」
「……っ、ダメじゃないよ!」
坪井はわたわたと謝り出した真衣香に、続きを言わせないとでもいうようギュッと手首を掴む。それが、少しだけ痛い。痛いのに、嬉しい。
「……ダメなわけない。お前以外の女なんて、もう絶対誰も呼ばない」
「つ、坪井くん……」
「お前が嫌じゃないなら、うちに入って、話そうよ。何かあったんでしょ、何でも聞く。お前のことで知りたくないことなんて、ひとつもないから」
坪井は優しくも決意に満ちた声で真衣香にそう言って、腰に手を当てながら掴んでいた手首をゆっくりと引っ張り上げた。
立ち上がり、目の前に坪井の顔が迫った。
ここに来るまでの間も、八木と過ごしている時間にも、ずっと真衣香の頭から離れなかった、目の前で見たくてしかたなかった人の顔が。
「うん……ありがとう」
それを見つめるのは、数秒が精一杯だった。下を向いて返事をしたけれど、聞こえたかどうかわからない。坪井はそんな真衣香の手を引いてゆっくりと歩きだす。
(初めて、ここに来たとき……坪井くんは優しかったけど、でも)
盲目に目の前の彼だけを信じようとする自分に対して違和感を持っていたことを思い返した。
信じるって、なんだろう。あの頃から……傷ついて泣いた時も、その後も、今もずっと考えていたけれど。
繋ぎあった手の中で暖まり、大きくなっていく、その答えが。
伝えたいことを頭の中に描いていく。
(ちゃんと、伝えよう。それを坪井くんが受け入れてくれるかはわからないけど)
今日は、あの夜みたいに流されてなどいない。手を引かれたから着いて行くんじゃない。
真衣香は自分の意思で、グッと絡める指に力を込めた。
恋の苦みさえも今は味方みたいに背中を押すから。